136 家馬車で出発、道中の会話




 早朝でも外壁の北門と南門は街道に直結しているため、人の出入りは多い。その中を大きな亀が馬車を引いて進むため、どうしても目立ってしまう。

 カロリンが依頼書を提示して門を出る際も、門兵らはジロジロと眺めていた。

 無遠慮な視線を我慢して街道に出ると、すぐに東の森へ続く細い道へと分岐する。少し走れば人もまばらになった。


「まあだけど、この大亀妖精はすごいよね」

「こんなに大きくなるなんて、素敵だわ」


 カッシーとカロリンがニウスを褒める。最初に見た時も驚いていたけれど、遅れると門が混んでしまうから挨拶もそこそこに出発したのだ。

 カロリンは馬上からニウスに賛辞を送ったあと、ペルにも声を掛けた。


「あなたも美しくてよ。愛されているのね、とても綺麗に整えてもらっているわ」

「ヒヒーン」

「まあ、あなたもクリスを愛しているのね? とても素敵!」


 会話が成り立っているのが不思議な気もするが、カロリンには調教スキルがあるから「なんとなく」分かるそうだ。クリスは少し羨ましく思った。

 カロリンいわく、ペルはクリスを「愛している」そうだから、それで満足しておく。


 最初はクリスがペルに乗ろうと思っていた。カロリンが代わりに乗ったのは、誰も御者経験がないからだった。

 それに、ニウスに無理をさせたくなかった。一応、全員を乗せても運べると彼は言ったのだ。ただ、重さ耐性は体の大きさに比例すると知って、クリスは万全を取った。

 現在ニウスは三メートルの大きさだ。

 これ以上大きいとながえまで変更しなくてはならなくなる。そもそも田舎の道幅を超えてしまう。限界サイズを測って、三メートルに収まってもらったのだった。


 家馬車の御者台にはクリスとカッシーが座った。あと一人ぐらい座れるが、イザドラは依頼者だ。後ろで休んでいてもらう。

 カッシーはせっかくなので操作を覚えたいと横に座ったが、引くのはイレギュラーな亀だから意味がないのではないだろうか。そう思ったものの、クリスは口にしなかった。カッシーが楽しそうに手綱を持って、はしゃいでいたからだ。



 この旅に、イサはもちろん一緒に付いてきている。

 プルピとククリは家馬車の二階部分、クリスの寝室に引きこもっていた。ククリは転移ができるから不便はない。むしろ、かくれんぼができると楽しそうだった。

 ふたりとも、ちゃんとクリスお手製のローブを羽織っている。

 イサもローブを羽織っているが、普通にクリスの肩に止まっていた。イザドラにはイサが妖精で一緒にいると知られているし、変に隠すよりはいい。

 何より、イサも精霊ふたりもカロリンたちを警戒していなかった。実際、彼女はイサが妖精だと知っても「さすがヴィヴリオテカだわ」で済んだぐらいだ。カッシーも「妖精の使い魔って憧れるよねー」とにこやかだった。



 途中の村には昼過ぎに到着した。小さな村に飲食店なんてものはないから食事は摂らず、水だけ分けてもらって先を急ぐ。

 泊まらせてもらう場合は、村長の家か冒険者用の小屋を借りる。もちろん宿泊代は必要だ。ただし、村から依頼があった場合は宿泊代が不要で、更に食事も付く。

 クリスは過去に、村からの依頼で砂鼠を退治したことがある。数が多くて大変だったけれど、最終的に巣まで破壊できたので大層喜ばれた。巣を放置していると、いつの間にかまた増えてしまうからだ。

 カッシーは聞き上手で、クリスはいつの間にか自分が倒してきた魔物の話をしていた。


「ペルって馬なのに勇ましいよね。それにクリスのこと、すごく好きなんだってさ。いいな~」

「カッシーは使い魔や動物は持たないの?」


 タメ口で敬称もないのは、カッシーとカロリンが望んだからだ。同じ冒険者だからと、フランクさを求められた。

 元々、冒険者は敬語を使わない者が多い。それぞれが一人でやっていく、個人事業主のようなものだからか「一人親方」気質が多いのだ。

 クリスは相手に合わせられるため、敬語じゃなくていいのならそれでいい。


「欲しいんだよね。ヴィヴリオテカに来た理由の一つはそれもあるんだ。ブリーダーが多いらしいよ」

「ブリーダー? 妖精の?」

「まさか! 妖精の繁殖なんて無理じゃないかな。あ、でも召喚スキル持ちが強制的に妖精を喚んで、欲しい人との間で契約を結ばせるなんて話を聞いたことあるよ」

「えっ」

「違法だよ、もちろん。精霊に見付かったら殺されるんじゃない?」

「精霊って人を殺すの!?」

「さあ、どうだろ。冗談なのか本当なのか、ちょっと分からないなー。……精霊と話をしたことがないからね」

「そうなんだ」

「だから、クリスもイザドラさんも幸運なんだよ。自然と出会って仲良くなるなんて、人間同士でも貴重だよね」


 それはよく分かる。クリスは人との出会いについて最近よく考えるからだ。

 人ではないがペルやイサ、プルピにククリとだって、こんな風に旅をするとは思っていなかった。エイフとの出会いもだ。


「カッシーもカロリンとの出会いは貴重なものだったんだね」

「あー。まあ、そうかな?」

「ちょっと、あなたたち。わたしの悪口を言ってやしないでしょうね?」


 後方にいたカロリンが追い抜きざまに言う。彼女はペルを使って速歩並足と訓練がてら走らせ、ついでに周囲を警戒してくれている。馬の足音は案外響くため、小さな魔物は嫌がって出てこない。不規則に動かすとより効果的なのだとか。


「言ってないよ!」

「あら、そう? ところで楽しそうに話してるわね。わたしが一人、護衛をしている間に」

「嫌味だなー。僕はちゃんと操作方法を習ってます。それに先輩冒険者としてクリスに教えてるからね」

「先輩冒険者ですって? 旅の途中で身包み剥がされてピーピー泣いていた子が――」

「わぁー!!!!」


 突然の大声にクリスはビックリして手綱を離しそうになった。横を見ると真っ赤になったカッシーがカロリンを睨んでいる。


「お嬢様に助けてもらったのは今でも感謝してるけど、バラすのはひどくない?」

「あら、ちゃんと成長したって話もしてあげようと思ったのよ? あなたの感謝を質にして家出の片棒を担がせたのに、文句も言わずに助けてくれたわ」


 カロリンは穏やかな笑顔でカッシーを見た。それからクリスに視線を移し、微笑んだ。


「わたしにとっては大事な出会いだったわ。彼にとってはどうか分からないけれど」

「はぁ、またそんなこと言って。君、たまに自虐的になるよね。僕だってカロリンがいなかったら死んでたよ。助けられたんだから、助ける。そうじゃなくても助けたよ。そりゃ、元がモテないヒョロガリだから全然格好良くとはいかなかったけどさー」


 どうせ僕はエルフになってもダメだよ、と話すカッシーに、カロリンは肩を竦めている。何か言葉を返していたけれど、クリスの耳には入ってこなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る