128 朝の騒がしさ
翌朝、クリスは外の騒がしさで目を覚ました。暑いのと、プルピたちが出入りするだろうと思って窓を少し開けていたからだろう。
目を擦りながらカーテンを開け、窓から顔を出す。
「だから俺たちは中央の依頼で来てるって言ってるだろ。上地区の宿だけじゃ足りないから、ここも差し押さえたいって頼んでるんじゃないか」
「緊急依頼だ。ここだって無関係じゃないんだぞ」
「市長にも連絡は入れている。その市長から命じられる前に開け放した方が得策じゃないのか?」
男たちが宿の人に食ってかかっている。宿側の声は聞こえてこないが困惑しているのが分かった。オロオロした様子が見てとれた。
そのうち、上地区の方から伝令と思しき兵が走ってきた。兵は宿の人と男たちに向かって書類を見せている。
「ほらな! これは命令だ!」
「黙って言うことを聞いていれば良かったものを! 罰金刑では済まないぞ!」
「まあまあ……」
叫ぶ男たちを、今度は後からやって来た兵たちが宥めているようだ。
クリスは嫌な予感がして、窓から離れた。
急いで服を着替える。荷物はあまり広げていなかったが、これらも片付けた。大事なものはポーチに入れているが、服などの身の回り品はクローゼットに仕舞っていた。それらを取り出し、女の子が背負うには大きすぎる大型のリュックに詰め込んだ。慌てているため服が皺になるけれど、構ってられない。
そして、嫌な予感は当たった。
程なくして宿の女性がドアをノックし、クリスの返事を待たずに入ってきたからだ。
「お客様、申し訳ありません。実は――」
彼女の説明はこうだ。
王都にある冒険者ギルド本部から緊急依頼が出された関係で、続々と冒険者がやって来ることになった。前乗りしてきたパーティーの「お願い」で、上地区から中地区にある宿の半数が差し押さえられるという。
何故、この宿が彼等に選ばれたのかといえば、馬車や馬をまとめて預けられるからだった。後発隊の多くが馬車に乗ってやって来るそうだ。
「市長の承認も下りたらしく、そうなりますと我々は従うしかございませんで……」
「つまり、前金を払っているわたしに出て行ってくれ、ということですね?」
「はい。誠に申し訳ございません」
「もちろん返金されますよね?」
「いえ、通常の宿の支払いと同じになりますので……」
「は?」
宿は前払い制だ。予約した期間中の部屋を買い取る。普通はキャンセルしても戻ってこない。良心的な宿だと手数料だけ取って返金してくれるが、基本的には支払ったらそのままである。
しかし、こちらに瑕疵がないのに払い戻しができないというのはおかしい。
クリスがそう言うと、宿側も最低レートで宿を差し押さえられたんだと泣き言になった。挙げ句の果てに「自分たちも災害に遭ったようなものだ」と言い出す。
「納得いきません」
「ですが、強制的に追い出されるよりは今、お出になった方がいいですよ?」
「強制って、そんな」
「できるんですよ、だって」
女性は小声になった。
「相手はニホン族ですから」
クリスの嫌な予感は当たるのだ。
全くもってどうしようもないが、当たってしまった。
「……分かりました。出ます。でも、返金は後からでもしてもらいますからね」
「直接あの人たちと交渉してくださいよ。うちだって本当に困ってるんです」
「困ってるのは宿を追い出される方でしょ。しかも馬車の置き場まで考えないといけないんだよ? うちの馬車は大きいから下地区の預かり所で受け入れられるところは少ないっていうのに。今から探して空いてると思う?」
ぷりぷり怒ると、さすがにばつが悪いのか女性は俯いた。
彼女だって迷惑を被っている。それが分かるから、クリスは怒りを収めた。
「ごめんなさい、言い過ぎちゃった。でも、まだ二泊しかしてないのに二週間分の宿代を全額没収されるのは困るの。パーティー仲間になんて言えばいいのか」
「あなたの仲間って、そう言えば鬼人族の……」
「そうだよ。金級冒険者のエイフ。最初に『くれぐれもよろしく頼む』って頭を下げまくって受付の人たちをドン引きさせた、あの鬼人族だよ」
女性は震え上がった。
「あ、あの、申し訳ありません。すぐ、すぐに用意しますから!」
叫びながら部屋を出ていってしまった。
クリスがポカンとしてるとイサが飛んできて肩に乗る。ピルゥと溜息めいた鳴き声だ。
「ねえ、あれってもしかして、上手くいけば自分のものにしようとしてたのかな?」
「ピピピッ!!」
「やっぱり、そうだよね?」
信じられないことに、宿の女性はクリスが小さな女の子だから言いくるめられると思ったらしかった。もし後でバレても、ニホン組のせいにすれば有耶無耶にできると考えたのだろう。
クリスは仁王立ちになって部屋の中で待った。
すると、宿の主人と共に女性がやって来てペコペコ頭を下げながら返金してくれた。
確認すると二泊した分も含めて全額が返ってきていた。それどころか少し多い。
「これは?」
「突然、出ていってもらうのですから、そのぉ」
「……迷惑料的な? 慰謝料かな」
「そう、そうでございます。ですので、できましたら――」
「あっ、はい、分かりました。了解です」
黙っててね、という口止め料も含まれているのだろう。それにしては安いと思うが、最後まで聞いてしまうとクリスも嫌な気分になる。
はいはいと話をそこで終わらせた。
それに、あんまりペコペコするからクリスの方が悪人になった気分だ。
とっとと出ていこう。クリスは鍵を戻し、預けていたペルと家馬車の様子をしっかり確認だ。特に問題はなくホッとした。
朝から騒いでいたニホン組たちは別の宿にも行ったのか、顔を合わせることはなかった。
問題はこれからだ。
緊急依頼で王都の冒険者が来るということはそれなりのランクだろう。いい宿だけとはいえ半数を押さえるのだから相当な数が来るはずだ。
ニホン組とかち合いたくないクリスとイサは作戦会議をする必要がある。
クリスは朝ご飯も食べられないまま、中地区にある宿を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます