第三章 魔法都市ヴィヴリオテカ

117 名前




 クリスが転生した世界では、名付けは神が行う。

 人々は子供が生まれると神殿に行って誕生の儀を受け、名前を教えてもらうのだ。その際、生まれながらに持つスキルがあれば同時に教えてもらえる。

 神殿へ行くのは、神官スキルを持つ者なら「基礎鑑定」ができるからだ。神官は地方の町にも派遣されるため、大抵は赤子のうちに名前が判明する。


 しかし、中には誕生の儀を受けられない者もいた。

 たとえばクリスのような辺境で生まれた場合がそうだ。辺境にまで神官が派遣されることはない。行き来だけでも命がけになる。よって、辺境生まれは大きくなってから町に出向いて視てもらった。

 そうなると大きくなるまで名前が分からない。真名が不明のまま成人することも辺境では多かった。

 名前がないと不便だから親は仮の名を付ける。仮の名は親が与える最初の宝物、という人もいるぐらいで、神官に視てもらうまでの数週間を待てずに名付ける親もいた。

 そのため、真名が分かってからも仮の名をミドルネームにして大事に残す者もいる。


 これらは、貴族にも多い習慣だった。

 貴族には姓もあるため、真名=ミドルネーム=姓となる。ここで問題になる場合があった。真名だけが突出して変であったり「あからさまにニホン名」だったりすることだ。

 たとえば、タロウ=アルフレッド=フォイエルバッハがそうである。

 クリスなら気にしないけれど、気にする人は「恥ずかしい」と思うらしい。

 そして、恥ずかしいと思ったのが親だった場合、子に真名を隠すこともあった。


「アルフレッドも親に隠されたらしくてな。そこそこの年齢になって教えられ、ショックを受けたそうだ。親が隠したのはニホン名だと知っていたからで、ニホン組の悪名も知っていたからだろう。『ひょっとしたら転生者ではないか』と、恐れたのかもな。本人がショックだったのは、親が真名を隠していたという事実だ。真名というのは世界と繋がる大事なもので、親といえども隠していいものではない。結局、アルフレッドは家族と上手くいかず、成人前に出奔して冒険者ギルドに駆け込んだそうだ」


 エイフがニホン組パーティーについて語る。

 つい先日まで、彼はニホン組パーティーと一緒に依頼を受けていた。合間に彼等の身の上話を聞いたらしい。

 クリスは御者台で話を聞きながら、四人の転生者を思い出した。

 彼等は転生者が多く集まるペルア国ではなく、ダソス国という森林ばかりの地方国家で活動していた。


「俺がクリスを転生者だと確信したのは、ミドルネームの話の時にあっさり納得していたからだ」

「え?」

「お前、あの時、アルフレッドという名前に驚いていただろう? まるでそんな名前になるはずがないと知っていたかのように」

「あっ!」


 確かにそうだった。クリスは思い込んでいた。ニホン組なら名前も日本人っぽい・・・・・・・・・・・・・・・のだろうと。


 実際に、転生者のほとんどが日本人名になっている。というよりも、元の名と同じか、もしくは近い名前になるそうだ。

 エイフはその情報を知っていた。


「俺が見たニホンの名前一覧には『クリス』ってのはなかった。だから最初は勘違いかもしれないと思っていたんだが」

「なのに付いてきたの?」

「まあ、クリスが転生者じゃなくても、危なっかしくて心配だったからな」

「……わたし、そんなに頼りないかな」


 むうっと拗ねていると、エイフが頭を撫でてくる。お互いに隠し事がなくなると壁もなくなった。特にエイフは、こうやってクリスを構う。

 嫌な気はしなかった。エイフはクリスを身代わりにして贖罪を兼ねているのだと嘯いていたが、それだけで人の付き合いが続くとは思えない。

 多少なりとも、クリスという人柄を見てもらっているのだと思いたかった。

 そしてエイフとは、クリスに不安を抱かせるような人ではなかった。


「頼りにしてるぞ? なんたって、扱いづらい紋様紙を使って魔物をバンバン倒すんだからな。精霊の友人もいて加護を二つももらっている。そんな奴、そうはいない」

「へへー」

「クリスの持つ、家つくりスキルもすごい。でも、それと、十三歳の少女だってのは別物だ」

「……うん」

「それに、大泣きされたからな~」

「あっ、それは! もう、人の黒歴史を持ち出すのはダメだと思う」


 クリスが怒ると、エイフは笑って前を向いた。両手で手綱を持ち、街道の先を見る。危なげない運転だ。御者スキルがなくとも、これだけの腕がある。


「スキルってなんだろうね……」


 思わず呟いたのは、エイフが家つくりスキルについて話したからだ。

 エイフとは、クリスの持つスキルについても語り合った。

 その際に言われたのだ。クリスの「家つくり」スキルが少々おかしいと。

 それもまた「転生者ではないか」と疑う理由になったようだ。




 *****




 ペルア国側に入ると街道は極端に走りやすくなる。街道の整備が行き届いているからだ。

 おかげで町から町への移動がとても楽である。街道にはところどころに休憩所もあった。といっても均された広場があるだけだが、簡易の竈もあるため旅人には優しい。

 クリスたちも休憩所に家馬車を停めて泊まる準備を始めた。他に、小規模な隊商や旅人を乗せた馬車がいる。彼等はテントを張って過ごすようだ。


 クリスはペルとプロケッラを連れて小さな森に入った。こうした休憩所の近くには水場がある。水場があるからこそ休憩場所を作ったとも言えた。

 案の定、小さいけれど川があった。他の人の迷惑にならないよう、下流の方まで進んでペルたちに水を飲ませる。ついでに美味しそうな下草を食べさせた。

 クリスも川で水洗いを済ませ、ヴヴァリの皮で作った袋に幾つも水を汲んだ。

 馬に水袋を掛けて休憩所に戻ると、エイフの周囲に人が集まっていた。近付くとその理由がすぐに分かった。


「もちろん安く買い叩こうってわけじゃない。今は持ち合わせが少ないから、手形を切るよ。何、これでも王都じゃ名の通った商家だ。安心してほしい」

「売る気はないと言っている」

「そう言わずにさ。いや、本当にこんな立派な馬車はそうないよ。居心地も良さそうだ。見たところ、あんたら二人だけじゃないか。二人にこの馬車は勿体無いだろう?」

「……去れ」

「ははは。誰に向かって言ってるんだ。全く。遠回しじゃ分からないようだからハッキリ言おうか。お前らには分不相応なんだよ」


 隊商の頭らしい男が偉そうに言い放った。








********************


第三部の始まり!

だけど書き溜めがほとんどないため、また週一更新です!

滞らないように頑張りたい……!




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