116 さようならとよろしくね




 全てが片付き、クリスたちがシエーロを出る時が来た。出発日は決めていた。ニホン組が王都へ向かった翌日に、と。

 前日の夜、つまりニホン組がシエーロを発った日の夜に、クリスはナタリーたちから盛大なお別れパーティーを開いてもらった。エイフももちろん一緒にだ。

 クリスはナタリーにもらった刺繍たっぷりの可愛いワンピースを着ていった。皆に褒められて照れていたら、マリウスが「女の子みたいだな」とからかうのでナタリーに叱られていた。二人は相変わらずのようだ。

 でももう一緒に住んでいる。ニホン組の件がすんなりと終わりを見せたから、もしや元に戻るのではと思ったクリスの心配は杞憂に終わった。

 大きなお世話かもしれないが、ハネロクにはくれぐれも夫婦の邪魔はするなと教え込んだ。通訳係のプルピが「本当に分かっているのか」と心配していたため、ちょっと不安なクリスである。


 シエーロからは報奨金の他にも特産品をもらった。巨樹の葉は遠慮したけれど、ペリンの新芽は有り難い。水蜂蜜もだ。ナタリーはあれから料理をたくさん作って用意してくれた。料理が苦手なクリスには嬉しいお土産だ。

 巨樹のヌシ、ハネハチにも家つくりの対価をもらった。光玉である。ハネハチいわく「どんな場所でも光らせてくれるよ」とのこと。プルピが真剣に見ていたため、良いものらしい。むき出しでもらったそれを包むために、プルピがクリスの目の前で物づくりを始めたのは驚いた。彼は巨樹の葉の葉脈を抜き出して編み、丸い容れ物を作った。下げられるように紐付きだ。ポーチのベルトにぶら下げることにした。

 普段はほのかに光る。容れ物のおかげで目立つこともない。必要な時にお願いすればピカッと光ってくれるそうだ。とはいえ、何事もなく間接照明のままでいてほしい。




 楽しい一時を過ごした翌朝、クリスたちは皆に見送られて天空都市シエーロを出発した。のだが――。

 クリスは来た時と同じメンバーで出ていくものと思っていた。ところが、何故か同行者が増えている。


「ククリも一緒に行くの?」

「うん」

「……もしかして、お話できるようになった?」

「できてゆ」


 舌足らずな返事に、クリスは胸を打ち抜かれた。なんてことだ。可愛い。思わずときめいているとイサに腕を突かれてしまった。


「ごめんごめん、イサも可愛いってば」

「ピッ」


 まさか可愛さで張り合うとは思わず、クリスは笑ってしまった。

 しかし、プルピがどうやっても会話のチャンネルが合わせられないと言っていたのに、こうして話が通じるということは――。


「マダ若イ精霊ユエ与エル加護ノ力ハ弱イガ、チャントツイテイル」

「わー」

「何故棒読ミナノダ」

「だって。ところで、プルピもそろそろ言葉が流暢にならない?」

「……先ニ、ククリノ加護ガ何カヲ聞クベキデハナイノカ?」

「あ、そうだね。ククリちゃん、何の加護をくれたの?」

「今マデト対応ガ違ウゾ。ソモソモ、ワタシニ対シテ扱イガヒドイト思ノダガ、ドウカ」

「親愛から来る馴れ馴れしさだよ。さあさあ、ククリちゃん、どうぞ」

「くっつく!」

「くっつくのかあ~」


 糸の手と手を合わせる姿も何やら可愛らしい。意思疎通ができるのは大事だ。クリスはデレデレになってしまった。

 呆れたプルピが代わりに説明してくれたところによると「物質同士を念じるだけで結びつけられる力」だそうだ。糊みたいなものらしい。


「へぇ。転移関係の力かと思ったら違うんだね」

「転移モ元ハ空間ヲクッツケルトコロカラ始メルト聞イタコトガアル」

「へぇぇ~」

「ドノミチ、オヌシニ転移ノ力ハ使エヌヨ」

「えっ、なんで?」

「加護ノ範囲ヲ超エテイルカラダ。スキルガナイ限リ無理デアロウ。第一ニ、スキルガアッテモ空間能力ノセンスガナケレバ使用ハ難シイ。ククリハアレデナカナカノ腕前ナノダゾ」


 何故かプルピが自慢げだ。ククリは褒められたと分かって、胸を張った。クリスに対して蓑虫が斜めになるという不思議な光景だけれど、慣れてくると可愛い。

 なんにせよ、クリスは新しい仲間を歓迎した。


「ククリ、加護をありがとうね。それとこれからよろしく」

「よろちく」

「……やっぱり可愛い! って、イタタ、ごめんってば。イサも可愛いよ。あ、誰、後ろで髪の毛引っ張ってるの。プルピ? 何してるの。もしかしてプルピも拗ねてるの?」


 騒いでいると、御者台からエイフが声を掛けてきた。


「おーい、説明は終わったのか?」

「終わったよー。待って、前に行くから」


 小さな扉を開けて御者台に座る。家馬車はもうシエーロが見えないところまで来ていた。ペルもプロケッラも楽しそうだ。最近はずっと都市の中ばかりだったから、運動が足りていなかった。今はとにかく思う存分走りたいのだろう。



 御者台ではプルピたちとの話し合いの結果を説明した。同行者が増えてビックリしていたのはエイフも同じだ。彼にはククリの言葉は全く通じないが姿は見える。

 精霊の言葉は精霊自身が望めば通じるようになるが、会話チャンネルがどうしても合わないタイプとは加護や契約などの繋がりがないと難しい。

 ククリももう少し育てばプルピみたいな調整ができるらしいが、それを待たずにクリスへ加護を与えてくれた。


「クリスは精霊に愛されやすいタイプか」

「そうかなあ。わたし、マリウスみたいな純心さはないんだけど」

「ははは。ま、子供らしくはないかな」

「辺境育ちで、十の歳から一人旅を続けてるとそうなっちゃうんだよ。ふーんだ」

「そうだな……」


 手綱を片手で持ち、エイフは大きな手でクリスの頭を撫でる。まるで頑是無い子供を相手に「仕方ないな」と笑っているような姿だ。

 クリスは恥ずかしくて顔を伏せた。

 すると、隣でエイフが呟いた。それは声に出すつもりのなかった言葉にも聞こえた。それほど小さな台詞だった。


「――があれば、そうならざるを得ないのかもなぁ」


 ドクンと心臓が飛び跳ねた。クリスは伏せた顔のまま、旅装用のマントの裾を握った。

 気付けばイサも、クリスの膝の上で動きを止めている。小さな足が、強くチュニックを掴んでいた。


 ――さっき彼はこう言わなかっただろうか。前の記憶・・・・があれば、と。


 クリスの様子が変だと、エイフはすぐに気付いたようだ。彼は気配りができる。それは観察力があるからだ。そして、聡明だからでもある。


「悪い。聞こえたか」


 ガリガリッと頭を掻いて、エイフが苦笑しながら謝る。チラッと横目でクリスを見て、また前を向く。やがて、手綱を引いて合図した。ペルとプロケッラは走り足りない様子ながらも、ちゃんと足を止めた。



 エイフは体ごとクリスに向いて、邪魔になった片方の足を折り曲げて座った。それからクリスをひょいと抱き上げ、その上に置いた。


「悪かった。隠していただろうに。クリスが話してくれるまでは黙っていようと思っていたんだ」

「な、何を……」

「まあ、言いづらいよな。分かる気はする。特に情報から隔離されて生まれ育つとな」

「エイフ?」

「だが、これだけは信じてくれ。俺はお前を、クリスを守るために一緒にいるんだ」


 顔を上げると真摯な瞳がクリスを見ていた。


「もしもクリスが、ルカやヒザキたちのような人間だったら、俺は報告だけして無視していただろう」


 ――ああ、やっぱりだ。

 エイフは気付いていたのだ。クリスは絶望的な気分になった。同時に、彼の次の言葉に期待した。


「だが、違った。むしろ守らなければならないと思った。あ、ニホン組の反対勢力に依頼を受けているからじゃないぞ。確かに保護すべきだとは言われている。でも、クリスは嫌なんだろう?」

「……うん」

「だろうな。そんな気がした。だから守ってやろうと思った」

「どうして?」

「危なっかしいからな、クリスは。詰めが甘いというか」

「そうじゃなくて……」


 何故、そこまでしてクリスを守ろうとしてくれるのか。

 その答えが知りたかった。

 エイフは、少し考え「クリスだけ秘密がバレるってのはフェアじゃないか」と呟いた。

 それから笑った。笑って、こう言ったのだった。


「幼馴染みが転生者だった。本人はずっと隠していたが、偶然ニホン組に見付かって強引に連れ去られた。そいつは、結局いろいろあって、死んでしまった」


 連れ去られる時に「助けて」と手を伸ばされたのに、エイフはニホン組が怖くて助けられなかったそうだ。

 ずっと後悔していたらしい。だから大人になると情報を探り始めた。そして、幼馴染みの行く末を知った。


「あいつと同じになってほしくない。俺の自己満足で悪いがな」


 そう言うとエイフはそっとクリスの肩を抱いて、こわごわと抱き締めてきた。


「身代わりにされて気持ち悪いかもしれない。でもどうか俺に贖罪のチャンスをくれ」

「……うん」


 イサも、クリスの膝の上で頷いた。彼の頭をそうっと撫でる。エイフがクリスに触れるのを恐れたように、イサに触れるクリスの手もまた震えていた。


「わたしたち、ちゃんと話をしよう。仲間なんだもんね」

「ピッ」

「ああ、そうだな」


 プルピとククリもぴったりと寄り添ってくる。

 振り返って見ていたペルとプロケッラも、きっと心を寄せていたに違いない。







********************


これにて第二部終了です!

ありがとうございました





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