083 あいつ、来るってよ




 翌朝、浄水を汲んだ。エイフが収納袋にはまだまだ余裕があるというため多めに保管してもらう。

 それから帰路に就く。その途中で通信が入った。マルガレータからだ。エイフは通信を終えるとクリスに向いた。


「ニホン組が数日後にシエーロへ来るそうだ」

「ええー!?」

「一昨日の依頼者も来るだろうとは話していたがなぁ」

「タイミング良すぎだね」

「ああ。だが、ちょうどいい。クリスもナタリーたちが心配だったろ」

「うん……」


 実はシエーロを早めに出ていった方がいいのではないか。そんな話もしていた。無理に残る必要はない、と。

 そもそも、天空都市へ来た理由の一つは、珍しい家々を見ることだった。家つくりスキルに役立てるためだ。実際に宿までの移動で十分に見学はしている。

 浄水も大量に汲んだ。

 あとは、巨樹の上に登ってみたいという願いもあったが、これは依頼が無ければ難しい。実績を上げるために一昨日エイフと一緒に依頼を受けたものの、長居をする理由にはならない。

 しかも今後は水不足で大変になるだろう。


 心配だったのはナタリーだ。

 クリスと同じようにニホン組のストーカーに悩まされている。いや、クリスの時より事態は深刻だ。

 何か助けになりたい。そう思ったし、伝えもした。

 エイフも同じだ。だからタイミングが良い・・・・・・・・。早めに対処できるのだから。そしてその力がエイフにはある。


「……ねえ、そう言えば報奨金って言ってたけど、聞いてもいい?」

「おう。ていうか、まだ話してなかったか」


 エイフは「忘れてた」と頭を掻いて、話し始めた。

 中央国家と呼ばれているペルア国の冒険者ギルド本部は、ニホン組の力が強い。上層部にもニホン組が就いている。その上、最上級冒険者のほとんどがニホン組で占められていた。

 そのため、彼等の意見が通ってしまう。

 基本的には正しい意見が多い。しかし、中に過激派がいた。それが争いごとを生む原因となっていた。

 これを良く思わないニホン組も多いのだ。


「俺はニホン組、というよりもニホン族になるのか。そっちの依頼を受けているんだ。ニホン族だけじゃない。冒険者ギルドの、ニホン組に属さない派閥からの特殊依頼だ」


 御者をしたままなのでエイフの視線は前を向いている。彼を窺うが、特に何かを隠しているような様子は見られない。クリスは神妙に話を聞いた。


「過激派に限らずだが、奴等が起こす揉め事を解消する。それが特殊依頼だ。こなせば報奨金という形で出る。基本的には強制じゃない。だから、クリスが嫌ならシエーロを早々に出ても良かった。だけど、お前はそうしたくなかっただろ?」

「うん」

「……ガレルでお前は子供たちを助けた。自分だって誘拐されて辛かったろうに、必死で頑張った。いくら紋様紙という切り札があったとはいえ、普通の神経じゃ無理だ」

「普通の神経って」

「肝が据わってるって言ってんだ。褒めてんだよ、バカ」

「バカはひどいよ」

「ははは」


 片手でクリスの頭を撫でてくる。その仕草は大雑把で、せっかくまとめた髪の毛がぐしゃぐしゃになるほどだ。けれど、親しみの籠もった優しさを感じる。


「そういうの、俺は嫌いじゃない。でも無理はさせたくなかった。だから、決めるのはクリスだ」

「わたしはナタリーさんを助けたい。わたしでもできることあるなら――」

「できるさ」

「そう、かな?」

「できる。実はな、ちょっと考えていたことがあるんだ」


 そう言って、エイフはクリスを見て笑った。笑顔でウインクする。不思議に格好良くて、それでいて子供みたいに無邪気な笑顔だ。

 その笑顔に、クリスは何故かとても安心できる気がした。




 ナタリーは不安そうな顔でクリスたちを出迎えた。

 家にはマリウスもいて、こちらも少しピリピリした様子だった。彼の頭の上には相変わらずククリがいる。プルピもクリスの頭の上で寛いでおり、もしや精霊とは人の頭に居座るのが好きなのだろうかと思ってしまう。

 ただ今はどうでもいい問題だ。クリスは頭を振って、エイフと共に勧められた席に座った。


 ナタリーとは、クリスたちがシエーロに戻ってきてすぐ連絡を取った。それで対策を話し合うべく、晩ご飯に招待されたのだ。ついでにエイフが「良い案がある」と伝えていたため、二人は少しそわそわしていた。


 エイフは二人に、こう言った。


「まず、家を作ろう」


 全員が頭に「?」を飛ばした。




 *****




 プルピは食事を済ませると、ククリとイサを連れて出て行ってしまった。話し合いに飽きていたらしく、それなら巨樹の上に住む精霊と遊んだ方がずっと「暇つぶしにいい」らしい。

 クリスはこっそり「今度、わたしも遊びに行っていいか聞いてみて」とお願いした。もっとも精霊がOKを出しても、シエーロの偉い人が許可しなければ行けないだろうが。

 あくまでもダメ元だ。ひょっとしたら裏技があるかもしれない。ニマニマして見送った。

 そんなクリスを、マリウスは薄目で眺めて溜息を吐いた。


「何よ」

「精霊に変なこと頼む奴が、本当にそんなご大層なものを作れるのか?」


 ご大層とは「家」のことである。

 食事の前にエイフが提案した内容は、ストーカー男から身を隠せるシェルター型の家を作るというものだった。

 表向きのダミーと、実際に隠れて過ごせる場所。両方を兼ね備えた家を作ると、エイフが・・・・宣言した。

 相談されていなかったため最初はびっくりした。何を勝手に決めて、とも思った。けれど、そう思いながらもクリスの頭の中はすごい勢いで「どんな家なら大丈夫か」を考え出していた。

 せっかくのナタリーの美味しい手料理も、覚えてないぐらいだ。


 食べ終わった頃に思考が途切れた。

 そこでプルピが「遊ビニイク」と声を掛けたのだ。もしかすると彼はクリスが正気に戻るのを待っていてくれたのかもしれない。


「大体、こんな小さい奴に家が作れるのかよ」

「小さいは関係ないよ?」

「そうだ。関係ない。スキル持ちだからな」

「スキル? 大工スキルか?」


 クリスは首を横に振った。エイフはどこか誇らしげだ。にやりと笑ってクリスを見ている。

 これはクリスに言わせたいのだなと思い、口にした。


「家つくりスキルだよ」


 ちょっぴりドヤ顔になってたかもしれない。

 だからか、マリウスが胡散臭そうにクリスを見た。益々目が細くなっている。

 クリスがムッとしていると、ナタリーが慌てて口を挟んだ。


「稀少スキル? だとしたら、もしかして最上級の?」





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