078 ミドリイモムシ退治
男性は依頼者である農場主に雇われた使用人だった。農場に入る許可を出し、どんな状況かを説明してくれる。
ちなみに「ミドリイモムシはねっとりとしている」などの余計な説明が多く、クリスは想像だけでうんざりした。
そこまで詳しいのに、現地には着いてこないという。
「奴等はなんでも食べるんだ。おらぁ、怖くて近付けないだ」
「そうか。ま、ちゃんと仕事したかどうかの確認だけしてもらえたらそれでいいさ」
「頼んだでな」
そう言って、そそくさと戻ってしまった。
実際のところ、魔物退治に付き合う依頼者はいない。今回は討伐証明部位を持ってこなくてもいいが、その代わり成果を見てもらう必要がある。
「消し炭にしちゃったらダメだね……。ちゃんと残しておかないと、どれだけ倒したか分かってもらえないもん」
「その前に燃やすのは禁止だぞ」
「分かってる。ものの喩えだよ」
巨樹もそうだが、シエーロでは火にとても敏感だ。
厨房を作る際にも細かな決まりがあるという。宿でも火の扱いにはしつこいほど注意された。もちろん防火設備になっている。
どこの町でも同じだけれど、特にシエーロが厳しいのは巨樹に寄り添って家々が建てられているからだ。しかも密集している。一軒が火を出せば、瞬く間に広がってしまうだろう。
それを消す水は、シエーロでは貴重だった。
魔法を使える人が近くにいればいいが、偶然に頼ってはいけない。
なので、火気厳禁なのである。
さて、虫農場を進んでいくと、やがて枝がささくれ立った場所に着いた。これも虫の被害らしい。今回の依頼とは関係ないため、エイフとクリスは無視して進んだ。
小枝を越え、藪になってる蔓草を掻き分け、拓けた場所に出ると――。
「わぁ……何にもない!」
「そうだな。寄生樹も草もないのは珍しい。大木の葉もかなりやられているしな」
「やっぱりミドリイモムシ?」
「ああ。あいつらが通った後は荒野になるって言われてるぐらいだ」
「うぇぇ」
雑食とは聞いていたが、本当に何でも食べるらしい。
葉や花など何もない時は枝まで食べるという。大木に住む者にとってみれば、大敵だ。
他にも害虫は多い。エイフが先日まで依頼を受けて倒していたのも、葉に卵を産み付ける蟷螂だった。幼虫が新芽ばかり狙うので巨樹の成長に良くない。
枝に食べ物を産み付ける害虫もいる。たとえばキツツキのように木の実を入れておくのならまだいい。――もちろん、入れすぎたら良くないのだが。
問題は、その食べ物が同じ虫であることだ。死んでしまうと毒になる虫もいれば、そこに集まる虫の糞で枝が腐ることもある。糞害は人間にも疫病をもたらすし、ろくなものではなかった。
巨樹も大木もシエーロの人にとっては大事な家だ。その家に害虫が住み着く。クリスは考えただけで怖気が走った。
「今はまだ朝のうちだからな。昼前に巣から出てくるはずだ。その時にやってしまうぞ」
「出てくるのを待って一匹ずつ斬り殺していくの?」
「ああ」
「巣を探して、燻り出すとかは?」
「火はダメだ」
「火は使わないよ。薬草と紋様紙を重ねて使う方法があるの」
「……マジか」
「うん」
もちろん、火の紋様紙を使うのでもない。
クリスは論より証拠とばかりに、まず巣を探そうとエイフを突っついた。
使う紋様紙は二枚だ。売り物の紋様紙なので大きいサイズになる。それらが入った
売り物の紋様紙は基本的には丸めての保管に向かない。売買の際も板で作られた入れ物でやりとりする。それは羊皮紙やインクに劣化があった場合、上手く作動しないからだ。
クリスが自分専用に作っている紋様紙は、紙もインクも上級ランクである。丸めても問題はない。とはいえ、万が一折れてしまって、インクが削れてしまうなどのリスクはある。なので小さいサイズで作ってポケットを補強した上、真っ直ぐに入れていた。
取り出した紋様紙は【風】と【熱】だ。初級用なので、それほど惜しくはない。
いや惜しいは惜しいのだが、今回の依頼料を考えると許せる範囲だった。
「じゃあ、巣は全部で五つ、間違いないよね?」
「ああ。大きなコロニーになっているのが二つ、あとはまだそれほど大きくないが」
「目視の範囲にあって良かった。じゃあ、使うね? 燻されて出てきたら、あとはエイフに任せるから。動きも緩慢になってるはずだよ」
「おう。一網打尽にできるなら楽だ。任せとけ」
紋様紙の間に、イモムシ類が嫌がる虫除けの薬草を挟む。それから魔力を通すと――。
「すごいな」
「でしょう?」
クリスはふふんと自慢げに笑った。
魔法が発動したことで紋様紙の文字が光って消えていく。同時に、薬草から煙が出た。火は出ていない。熱が薬草にだけ作用する。そこにだけ煙が発生するのは指向性を持った魔法であることと、燃えにくい薬草だからだ。とはいえ、念のため下に薄い鉄板を引いている。
同時に【風】が発動して煙が流れた。あっという間の出来事だ。
「クリスは魔力を扱うのが上手いな。こんなに繊細な風の魔法は滅多に見ないぞ」
「ほんと? ふふー。もっと褒めてもいいんだよ」
「おー、クリスはすごいぞ」
軽口が出るぐらい上手くいってしまった。クリスもだが、エイフも楽しくなってきた。
しかし笑っていられたのもそこまでだ。
コロニーから出てきたミドリイモムシが、クリスのメンタルを削った。
「な、何、あれ。嘘だよね……」
依頼書にあったミドリイモムシはデフォルメされていたのだ。
大きさについては納得していた。魔物なのだから大きいだろう。分かっていた。しかし、実物がこれほど気持ち悪いとは思っていなかった。
「なんで毛がびっしり生えてるのー!?」
「いや、生えてるだろ、普通」
「依頼書には描いてなかったよ!」
「いちいち毛まで描かないだろ。むしろ依頼書に絵が描かれてる方が珍しいぞ」
「うわーん!!」
後退っていると、エイフは呆れたように振り返った。邪魔そうに手を振る。
さっさと下がれという意味だ。
しかし、ここで下がるわけにはいかない。
及び腰ではあるが、クリスも虫退治に参加するのだ。
「う、討ち漏らしたやつは任せて。わたしが殺るから!」
「……おう。まあ、毒はないからいいか。毛には触れるなよ。痒くなって、つらい」
「分かった」
「ウム、頑張レ」
プルピは頭の上から応援だ。何か、羽のようなものが視線の範囲に入っては消える。
イサはピアスを止めて、クリスの背中に隠れてしまった。どうやら彼もミドリイモムシは嫌いなようだ。
ピルピルと小さく鳴いていた。
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