077 甘えたクリスと害虫駆除依頼




 ――報奨金って何だろう。

 興味津々でエイフを見上げたけれど、彼は肩を竦めて依頼書を見に行こうとクリスを誘った。

 誤魔化す感じではなかったので「ここでは話したくない」のだろうと、クリスは了承した。


「そういや、浄水の泉はもう行かなくていいんだよな?」

「うん。いっぱい汲んできたから。ごめんね、教えてくれるって言ってたのに」

「謝らなくていいって言っただろ。俺も早めに連れていってやれば良かったんだが。ちょいと遠いんだよな」


 一応チラッとは考えたのだ。エイフに悪いのではないかと。けれど、精霊たちに連れていってもらった。その話はちゃんとエイフにもしたが、彼は全く気にしていなかった。

 けれど、こんな風に確認するということはやっぱり少し嫌な気持ちになったのだろうか。クリスは不安になってエイフに視線を向けた。


「なんだよ、その顔。変だぞ」

「怒ってるのかなって思って……」

「俺が? なんで?」

「だって」


 つい拗ねた感じになってしまって、クリスは余計に自分が嫌になった。これではまるで許してほしくて甘えているようではないか。事実、そうなのだから始末に負えない。

 恥ずかしくなって俯いていると、エイフが大きい手でクリスの頭を撫でた。ぐらんぐらんと揺れる。


「おかしな奴だな。俺は女心ってのは分からんから、ちゃんと言いたいことはハッキリ言えよ?」

「うん……」

「もっと我が儘も言っていいぞ」

「そうなの?」

「クリスならな。お前、なんだかんだで遠慮するし。子供なんだから、多少の我が儘は織り込み済みだ」

「……わたし、十分甘えてるよ」

「そうかぁ~?」


 片方の眉を跳ね上げて、面白い顔付きでクリスを見下ろしてくる。そんなエイフを見ていると、クリスは笑いが込み上げてきた。

 考えすぎるのはクリスの悪いところだ。もうちょっと気を抜いてもいいのかもしれない。

 クリスが笑うと、エイフはやっぱり「おかしな奴だ」と言って、また乱暴に頭を撫でた。



 依頼は、巨樹の周囲を取り囲むように並んで生えているうちの一つに住み着いた、虫の駆除だった。

 場所は、守護家と呼ばれる貴族の持ち物であり領地でもある大木だ。

 そこへ通じる橋を渡るには通行料が要ったが、今回は依頼のためスルーできた。


「虫退治か……」

「嫌なら帰っていいんだぞ?」

「ううん。ミドリイモムシなら大丈夫だと思う……たぶん……」


 依頼書にあった姿絵を薄目で確認すると、アゲハチョウの幼虫っぽい姿をしていた。これなら、まだ大丈夫だと判断した。

 芋虫ならセーフ。コガネムシ系も大丈夫だろう。問題はゲジゲジやイラガの幼虫みたいな虫だ。カミキリムシやカメムシ系も嫌だが、毛のような突起物がいっぱいの虫は心底苦手である。

 辺境の砂漠地帯には虫があまりいなかったし、そもそも普通のサイズだった。

 シエーロの巨樹の周囲だから魔物化して大きいのだ。


「持って帰らなくてもいい虫退治なんだから、やれるよ」

「そうか。ま、無理するな」


 そう言って手を伸ばしかけたエイフは、すぐに引っ込めた。

 今クリスの頭の上は巣になっているからだ。

 プルピがそこに居座っている。


 ギルドで依頼を受けた後、大木に登るのならばと三つ編みをくるくるっと巻き上げていると、プルピが「モウ少シ上デ巻イテオケ」と言い出した。

 言われたとおりにクリスは、三つ編みを王冠のような形で頭の上部で巻いたのだが――。

 プルピはゴソゴソと三つ編みの裾をいじって、自分の巣を作ってしまった。


 エイフからはばっちり見えるらしく、ぶふっと笑って顔を背ける。

 出来上がった時にどうなっているか聞いたけれど、どうも背もたれを作ってソファに座っているような格好らしい。

 しかも、イサがピアスの真似事を始めてしまった。

 どうやら彼はククリに対抗意識を持ったらしい。プルピとひそひそ話していたのは知っていたけれど、彼の巣作りをこれ幸いと思ったのかクリスのサイドにある髪に掴まってぶら下がっていた。重くはないけれど、精霊のプルピはともかくイサは妖精だから見える人も多いのに。


「笑わないでよ」

「だって、なぁ?」

「イサ、飽きたら肩に戻ってね」

「ピピ」


 返事が適当だったので、これはしばらく聞いてくれない気がする。クリスは溜息を吐いた。



 話しているうちに橋を渡りきり、立派な門構えの前に到着した。エルフの兵士が立っており、エイフが依頼書を見せる。


「害虫駆除の依頼だな。よし、通れ。……待て、その子供も一緒か?」

「パーティーメンバーなんだ。これで仕事はきっちりできる。銀級だしな」

「ほう、そうか。よし。じゃあ通って――」


 言いながらクリスの左側を見て目を細めた。


「……外の流行りか?」

「ま、そんなところだ」

「若い奴の考えることは分からんな」


 首を振って、行けと手で合図する。彼は明らかにイサをぶら下げたクリスに対して呆れていた。クリスのセンスを疑われたようでなんだかモヤモヤするが、言い返しても意味がない。クリスはさっさと門を通り過ぎた。


 大木は、巨樹ほどではないがそれでも十分に大きい。大きな屋敷が上空の方にあって、その下に家々が連なっている。


「一番上が貴族の屋敷だ。順番に、仕えている家格の順に家が作られているらしい。家の大きさが徐々に小さくなっているだろ?」

「ホントだ」

「大体どこの守護家も同じ作りになってる。巨樹は大昔からあるせいでゴチャゴチャしてるが、こっちは比較的新しいらしいから、道も分かりやすい」


 そう言うと、依頼書にあった地図を頼りに中央通りを進んでいく。中央通りは広く、店が並んでいた。つづら折りの階段を進んでは上の方へと向かう。

 やがて、家々の大きさが変わってきた頃、エイフは横道へと入っていった。

 番地が振られているので、それを目安に進んでいるらしい。


 そして、とうとう枝のある場所まで到達した。

 立派な枝だが、家は建っていない。


 元々、ここは食用のイモムシを育てていた農場だったらしい。一度ひどい害虫被害に遭って、放棄していたとか。枝葉が元に戻らないと農場を再開させられないらしい。

 きちんと害虫駆除の薬も撒いていたようだが、久しぶりに巡回していると魔物であるミドリイモムシが大量発生していた。

 ただの害虫ではなく魔物だから、専門家に討伐してもらう必要がある。

 そこで冒険者ギルドに依頼を、というわけだ。


 農場跡地の入り口で待っていると、枝の根元近くにあった家から男性が出てきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る