060 複雑なクリス




 縮尺がおかしい光景に、クリスもイサもポカンとしてシエーロを見た。


「エイフ。中央の巨木って世界樹なの?」

「違う違う。本物じゃない。あー、でも似たようなものか。傍系らしいぞ。エルフたちは世界樹だって崇めてる」

「え、そうなの?」

「そうとも。だからってエルフの前で『傍系』だとか『分流』なんて言うなよ。奴ら、目を吊り上げて怒り出すからな」

「……言ったんだね?」

「おう。いやー、怒られた怒られた」


 ははっ、と軽い調子で笑う。エイフはこういうところがある。でも、神経質なクリスにはこれぐらいがちょうどいいのかもしれない。ガミガミ言っても、エイフは気にしないからだ。



 エイフの説明では、天空都市シエーロの中心にある巨木は、一応「世界樹」の流れを汲んでいるらしい。孫にあたる木の「端の枝」を分けてもらったハイエルフが、別の巨樹と掛け合わせてできたものらしい。

 親木の種から育ったものではないため、直系とは言えないようだ。


 それでも世界樹の系統である。間違ってはいない。

 その証拠に、有り得ないほどの巨樹へと育っているのだから。


 その巨樹を中心に天空都市シエーロは栄えているのだった。




 入国審査も兼ねた列に並んだクリスたちだったが、エイフの金級カードによってあっさりと許可された。

 冒険者が優遇されている都市らしい。しかも上級者に手厚い。

 クリスは銀級に上がったばかりなので、まだまだ一端の冒険者と胸を張って言えないのがつらいところだ。


「エイフのおかげだね。ありがとう」

「おーう。感謝は受け取るぞ。今日の昼はヴヴァリのハンバーガーにしてくれ」

「分かった。パンは新しいのを買う?」

「そうだな。たまには違う味もいいか。とりあえず、馬車の預かり所を探そう」


 幸い、預かり所はすぐに見付かった。馬ともども預けられる上に、冒険者ギルドの会員なら割引も利くらしい。ここはエイフの金級カードで割引率を上げることにした。


「御者は泊まってもいい?」


 一応、確認してみたがダメだと断られた。数日なら構わないけれど「女の子」が「何日も」泊まるのはダメらしい。

 どのみち都市は人通りが多い。そんな気配のある中で、たとえ壁で囲んでいても料理はできないし、ましてや風呂など入れるはずもなかった。

 一月半の旅の間に二度ほど小さな村と町へ立ち寄ったが、その時はどちらも家馬車に泊まれた。けれど、さすがに都市では許可が下りなかった。


「久しぶりの大都市だぞ。宿に泊まろうぜ。そりゃ、これも良い家だけどな」


 フォローを忘れないエイフに礼を言い、クリスは家馬車に泊まるのを諦めた。

 ペルと竜馬のプロケッラは、仲睦まじく厩舎に入っていった。プロケッラとは格好良い名前だが、エイフが付けたわけではない。血統書に書いてあったそうだ。

 この二頭は旅の間もずっと仲良しで、クリスはちょっぴり嫉妬した。

 でも、ロマンスなら仕方ない。

 ……クリスもそのうち、良い恋をするのだ。

 母親代わりに頼っていたペルの幸せを願い、クリスは振り返りもしなかった彼女を置いてイサを胸にエイフの後を追った。

 ちなみにプルピはすでにどこかへ飛んでいってしまった。基本的に精霊である彼は自由な存在なのである。



 宿はエイフの希望で中ランクのところに決まった。シングル部屋の値段についてクリスが思案する前に、エイフが「同じ部屋だ」と受付に伝える。

 

「えっ」

「なんだよ、嫌なのか? パーティーメンバーだし、いいだろ」

「一応、わたし女の子なんですけど……」

「ガレルで一緒に寝泊まりしたじゃないか。大丈夫大丈夫、お前は俺の好みじゃない」

「わたしだって、エイフは好みじゃないよ!」

「だったらいいだろ。あ、衝立を入れてもらおう。大きめのを頼むな」


 受付に告げると、エイフはクリスを見下ろして続けた。


「風呂付きの部屋だ。言っておくが、シエーロは水が貴重だ。風呂付きはなかなかないぞ~」

「ううう」

「ニホン組の広めたことで良かったことは、風呂と飯だな。お前もガレルでハマったんだろ? 特注するぐらいだもんな。あの料理店でも下働きして覚えたって言ってたし」


 そういうことにしておいたのだが、どうやら彼は本当に信じたようだ。ホッとしつつ、クリスは相部屋を受け入れることにした。風呂には負ける。風呂には。


 ニホン組のことは旅の間に何度もエイフから聞いた。

 良い話も悪い話も。大体、ガレルで冒険者たちから教えてもらった噂話通りだった。

 実際、良い文化も広まっているそうだ。

 水が貴重らしいシエーロでも宿に風呂が付くほどに。



 さて、クリスたちが泊まる宿は、巨樹に張り付くようにして建てられている。前世の感覚で言うなら、中高層階といったところだろうか。これが新人冒険者用の宿だと地面に近い、もしくは地上に建てられている。

 この都市では地面ほど価値が低く、上へ行くほど価値が高い。


 巨樹の内側は空洞になっており、倒れやしないか不思議に思うが、千年経っても変わらずに問題なく立っているそうだ。内側には政治の中枢が集まっている。外側には店舗や居住場所などが設けられているが、どちらも上へ行けば行くほど上流階級のものになる。

 ここでは縦に町が成り立っており、巨樹全体が複合施設のようなものらしい。


 巨樹の外側には当然、移動のための道路や階段がある。これらは巨樹を削って利用している。公共の部分は削ってもいいらしい。予め道路を通し、その周囲に家を建てていく。新しく家を建てる場合は楔となる部分以外は他の木材を利用するそうだ。巨樹には細かくも厳しいルールがあるようだった。


 宿の女性は、シエーロに初めて逗留する冒険者への説明に慣れていた。案内の間に、巨樹の基本的な説明から、覚えておくべきルールを丁寧に教えてくれる。

 たとえば、水がとても貴重である、という部分については三度も重ねて告げられた。当然ではあるが、シエーロでは水のスキル持ちが重宝されているそうだ。荷運び関係も人気職らしい。縦移動が大変だからだろう。工夫されてはいるが、巨樹の上へと伸びる道路には急坂も多い。


「うちはお風呂場はありますけど、毎回お湯代はいただいております。運び賃と温め賃ですね」

「……お幾らですか?」

「両方合わせて銀貨五枚です」

「……えっと、自分で運ぶというのは?」

「構いませんよ。ただ、公共の井戸の権利がないので、毎回水代を支払う必要がありますけど」


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