058 世界樹の樹液と作業




 まさか、生命の泉の水が手に入るとは思わなかったのだ。

 魔女様でさえ「あれを手に入れるのは難しいよ。精霊は気難しいからね」と言っていた。魔女様は精霊界の素材も多く所持していたようだが「賭けをして奪った」と酔っ払った時に話していた。「あたしは精霊と相性が悪いんだよ」とも言っていたから、どうやって奪ったのか想像に難くない。


 魔女様の素材集めについてはともかく、生命の泉の水は純粋に嬉しい。

 クリスはプルピにお礼を言った。もちろん持ってきてくれた他の精霊たちにもだ。

 でも彼等は何故か、ニヤニヤと笑っている。

 互いにツンツン突き合って、お前が言えよ、あなたが言いなさいよ状態だ。


 クリスが首を傾げているとプルピが呆れたように肩を竦め、青い印を付けたガラス瓶をずずいと前に押し出した。


「『世界樹ノ慈悲ノ水オムニアペルフェクティオ』ダ。我ラ精霊ノ傷ヲ癒スモノダ。コレヲ汲ンデキタ。コレダケアレバ、オヌシノ一生分ヲ賄エルノデハナイカ」


 むふん、と小さなプルピの鼻が膨らむ。鼻、あったんだ。と、妙なことを考えたクリスは、やがてふるふると震えた。


「はっ!?」


 いやダメだ。大声を出すとエイフに聞こえる。クリスは慌てて自分の口を押さえた。

 一応、プルピが全員揃った時点で結界を張っていたが、それは単純に精霊が集まっているから変なものが入らないようにだ。天窓は開け放したままだから音が漏れているかもしれない。

 クリスは小声になった。


「ねえ、それって、すごくすごく高価な物じゃない?」

「人間ニトッテハソウデアロウナ」

「精霊にとっても高価だと思うけど?」


 傷を癒やすんだもの。クリスは心の中で突っ込んで、それから肩の力を抜いた。

 ガクッと布団の上に手をつく。


「世界樹関連なんだよね? それって、どう考えてもヤバいものじゃない。わたしが持ってたらダメなやつだ~」

「ドウシタ、イキナリ。壊レタカ? 人間ハ容易ク壊レルカラノ。気ヲ付ケルガイイ」

「プルピが悪いんじゃないの!! この、この、この~!!」


 プルピを掴んで揺さぶると、周囲にいた精霊たちが喜んだ。


「なんで喜ぶのよ~!? もう意味分からない! 精霊って、おかしい!」

「嬉シクナイノカ?」

「嬉しいよ!」


 ひとしきり騒いだ後、クリスは冷静になった。

 冷静にプルピに問い質した。

 「世界樹の慈悲の水オムニアペルフェクティオ」は、世界樹が樹液を「敢えて」流したもので、窪みのある場所に溜まるよう調整されているらしい。

 精霊たちは心身が傷付いた時にやって来て浸かるそうだ。軽い感じで言うものだから、クリスの頭の中は「湯治に行く精霊の姿(しかも珍妙)」に支配された。


「精霊を癒やすんなら人間も癒やすよね?」

「ソノ通リ。確カ、一滴デ蘇生デキタト聞イタコトガアル」

「蘇生ですか。そうですか」

「ナンダソノ口調ハ」

「呆れてるんだよ。で、これ、ただのガラス瓶? だったら効能が薄まるとかそういう感じ?」

「ソンナワケナカロウ。ワタシノ仲間ガ作ッタ物ゾ。ホボ、永久ニ保ツ」


 クリスは無心になろうと心がけながら、更に問うた。


「わたし、そう何度も蘇生しなきゃならないような目に遭う予定はないんだけどね? だったら勿体無いよね? 他の人に使ってたら狙われそうだし。それこそ蘇生しなきゃならない目に遭いそうだし。他に使い道はある?」

「……アル。確カ、人間ナラバ、一万倍ニ薄メタ水ノ一滴デ魔力ガ完全回復スルハズダ。トイウヨリモ全テノ能力ガ元ニ戻ル」

「あ、はい。了解です」


 いろいろ考えなければならないことがある。けれど、この日のクリスはもういっぱいいっぱいで「もう寝ます」と告げて精霊たちを追い出した。プルピもだ。

 翌日になって閉め出されたことに異議を唱えたプルピへ、クリスは静かに告げた。「あなたには精霊界に家があるでしょ?」と。彼の抗議は止まった。忘れているかもしれないが、プルピにはちゃんと家があるのだ。

 クリスの旅に同行しすぎて、あちらはどうやら別荘気分だったらしい。


 さておき、とんでもない代物を受け取ったクリスは、翌日から仕事が増えてしまった。迷宮都市ガレルで使いすぎた紋様紙を溜め込むという仕事もあるのに、だ。

 まずは世界樹の慈悲の水オムニアペルフェクティオを一万倍に薄めた「一滴」を永久保存しておける入れ物作りである。ついでに原液の一滴も小分けしておきたい。

 一滴という量はガラス瓶では無理で、クリスはプルピを扱き使うことにした。

 もちろん、面と向かって「扱き使う」わけではない。あくまでもお願いだ。下手に出て頼んでみた。彼は喜んでいろいろ考えてくれた。


 最終的に、クリスが前世の記憶にあった「アンプル」のイメージを伝えたところ、精霊サイズの小さなものを作り上げてくれた。

 長さ三センチの細いアンプルである。口の部分に切れ込みがあり、割って中の一滴を吸い込む仕様だ。ちなみに薄めるのに使ったのは「生命の泉」の水。当然、もらったガラス瓶サイズで足りないから、仲間の精霊たちが何度も運んでくれた。

 もう要らないと言ったのに毎夜やって来るため、大きめの永久保存ガラス瓶を作ってもらって溜めている。これはクリスの収納袋ポーチ行きだ。


 このアンプル作りを手伝っているうちに、物づくりの加護を持っていたクリスのレベルが上がった。おかげで材料さえあればクリスも同じものが作れるようになった。とはいえ魔法が使えないため、作業には錬金系の紋様紙を使うしかない。節約を考え、まとめて大量生産することにした。

 そうなるとポーチの中がギュウギュウになってしまう。

 仕方なく、厳選した上で比較的失っても惜しくないものを家馬車やエイフの収納袋に預かってもらうことにした。


 こんな感じで毎日何かしら騒ぎつつの旅が続いた。




 *****




 天空都市シエーロでの楽しみは、第一に「家」を見ることだ。森に囲まれたダソス国にはエルフが多く住んでおり、家の様式もエルフ好みらしい。彼等は大木に沿った家を作る。そして上へ上へと築き上げるそうだ。

 森の中というのもクリスをわくわくさせた。なにしろ、森にはお金になる薬草が多い。今回はその中でも、トリフィリという花を集めたかった。

 何故なら――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る