037 オジサンと長老たち




「俺はまだオジサンじゃねえ」

「あ、ごめん」


 分かるよ、その気持ち。

 クリスは不意に前世のことを思い出した。三十を目前に控えていた頃が一番、年齢を気にしていた。先輩方は、三十を過ぎると案外気にならなくなるとおっしゃっていたが、その境地に至る前に死んでしまった。

 とにかく、オバサンと呼ばれるのが嫌な年頃だったから彼の気持ちは分かる。

 でも見るからに三十を超えてるんだから、やっぱりあなたはオジサンなのでは? と思ってしまった。


「……ゴホン。俺はダリルだ。このあたりの顔役みたいなもんだ」

「なるほど。では、ダリルさんに許可を取ればいいんだね?」

「待て。お前、ここがどういうところか知ってるのか?」

「迷宮都市ガレルの北地区だよね。ちょっぴり治外法権めいた?」


 ダリルの顔が厳しくなっていく。同時に、クリスを胡乱な者を見るかのように視線を向ける。


 困ったなーと思っていたら、プルピがダリルのところに飛んでいった。そして、彼の周囲をクルクルと回って何やら文句を言っている。

 早く認めろだとか、ぼんくらだとか。

 最終的に身体的特徴を攻め始めたので、そこは止めた。だって、どうしようもならないことを言ったってしようがないではないか。

 彼を手っ取り早く止めようと、クリスは近くにいたイサを掴んでプルピにぶつけた。もちろん、そっとしたつもりだ。こうしたじゃれ合いはよくやる。高い高いと上空へ投げる遊びの、横に投げるバージョンだ。けれど、ぴゅーっと飛んで戻ってきたふたりに怒られてしまった。

 

 ――あれ?

 本気で怒ってるわけではないがプリプリしているプルピを見て、クリスは首を傾げた。そう言えば、こんな遊びはプルピに対して初めてだったかもしれない。

 しかも、小鳥を投げつけたクリスを見て、ダリルがドン引きだ。いや、益々胡乱な目付きになった。


「えっとですね。とある存在が早く修理させろと文句を言い始めたので、止めようかなと」

「……俺の想像が当たっているなら、その存在に物をぶつけるのはアリかナシかで言ったら完全にナシだよな!?」

「あ、やっぱり、とある存在の正体には気付きますか」

「気付かないと思うのかよ!!」


 思い切り突っ込まれて、クリスはうへぇと肩を竦めた。

 ダリルは大きく息を吐き、チッと舌打ちするとクリスに顎を動かして「こっちに来い」と言った。

 顔役の集会所にでも連れて行ってくれるのだろうか。少しだけ不安になったものの、人間相手なら握力でなんとかなるかなと指をワキワキしながら付いていった。

 もちろん、専用の紋様紙はあちこちのポケットに準備万端である。




 迷路のような裏路地を抜けると、ちょっとした広場に出た。

 前回は見なかった場所だ。きっと奥まった、地元民しか知らない場所なのだろう。

 家が密集して建てられている中、二棟だけ高い建物があった。一つは上の方が物見台のようになっており、一つは時計台だ。その物見台の方の入り口から奥へ進むと小さな中庭があって、長椅子が乱雑に並べられていた。そこに何人かのお爺さんが座っている。


「長老、変な客人だ」

「このあたりじゃ見かけない子だね」

「西区あたりの子かもしれんな」

「いやいや、外の子じゃないかね」


 ふぉふぉふぉ、と笑うのは歯抜けになったお爺さんだ。

 そうか、この世界では歯を入れることがないのか。クリスは重大な事実に気付き、歯磨きをちゃんとしようと心に決めた。

 その間にも話は進んでいる。


「六三の右三の踊り橋、あれを修理したいんだと」

「ほう?」

「とある存在に頼まれたって言ってる」

「ほほう」


 ぎょろりとした目で見られる。クリスはプルピを掴んで目の前に差し出した。


「この子が気になるから修理してほしいって」

「ふむ。わしには見えんが」

「しかし、どうやって修理するんだ?」

「あそこは修繕が難しい場所だったのう」


 橋は変則的だった。普通に作り替えるのでは難しいし、石が家に組み込まれているため、全体を潰す必要があるのだろう。

 はたして、彼等が長年放置していたのもそこが原因らしかった。


「完全に取り壊してしまうと、家も何も建てられなくなるのじゃ」

「詳しく言うとな、隣の家も空き家でな。『二軒以上の空き地が続く場合は宅地開発を許可できる』という法に引っかかってしまうのさ」

「えー」


 迷宮都市ガレル、何考えてんだ!

 一瞬住民の立場で考えたものの、成長著しい時は土地開発って進むよね~とクリスは納得してしまった。

 きっと地上げなどもあるのだろう。

 立ち退きを迫られたら、そこから連鎖反応で次々と広がる。

 彼等は住む場所を守ろうとしているのだ。


 元からいる住民でさえ、家に住めない。

 クリスは迷宮都市に来た時のことを思い出した。素っ気ない冷たい言葉で、家は作れないと言われたことを。


「大丈夫、壊さないで『補修』で直してみせます」

「……本当に? お嬢ちゃんが? 小さいのに」

「見た目で判断しないで。わたしにはスキルがあるの」

「ほほう」


 補修はまだやったことがない。けれど、できるはずだ。

 家つくりスキルがそう言ってる気がした。

 プルピの加護だってある。そう、物づくり精霊の加護だ。


 クリスは胸を張った。


「これまでに、たくさんの家を作ってきたわ。任せなさい!」


 倉庫だとか鳥の巣だとか、家馬車に精霊用の小さな家だけど。

 嘘は言ってない。


「行政に一泡吹かせてやりましょう! 立ち退きなんてさせないんだから。せっかくの家があるんだもの。絶対に残してみせる」


 力こぶを作ったが、そこは見えなかったようだ。

 それより、クリスの突然の宣言にお爺さんたちは何故か喜んだ。わいわい騒いで、ダリルに「やらせてやれ」と許可を出してくれた。


 ダリルは呆れた様子だったけれど、仕方ないかと諦めたようだった。


 それでも、本当にちゃんとできるのか壊さないのかと心配らしく、内部から少しずつ修繕するようにと命じられた。

 もちろん付きっきりで見張るらしい。


「だったら助手ね!」

「……はっ!?」

「だって、何もしないで突っ立ってるなんて、木偶の坊――」

「俺は顔役だぞ、こら」


 というわけで、手伝ってもらうことが決定した。主に材料集めだ。



 クリスたちはまた踊り橋のある場所まで戻った。

 家つくりスキルを少しだけ発動させる。すると、足りないものが次から次へと頭に浮かんだ。


「石が必要なの。同じ材質の石なら何でもいいから用意して。板材はこれだけ。目地剤もいる。石工用の道具はあるかな? 楔も欲しい」


 道具類は現場で借りることにした。持っているが、取り出して見せたくなかった。

 収納魔法が掛けられたポーチを、治安が悪いとされる場所で出す勇気はさすがにないからだ。

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