036 加護と軸と橋の補修依頼




 姿は一切変わることがなかった。

 正鑑定でもしない限り、クリスに加護があることは分からないだろう。つまり誰にもバレずに済む。

 家つくりスキルの補助としても、物づくり精霊の加護は有り難い。


 クリスはプルピを掴んでキスをした。


「ありがとう!!」

「ヌ、分カッタカラ、止メヨ。若イオナゴガハシタナイ」

「若いからやっていいの。わたし、まだ子供だもの。大人になったらキスしないから!」

「ムム……」


 プルピは複雑そうな表情で目を細めた。けれど、案外嬉しがっているのが、その小さな顔からでも分かった。クリスはツンツンとプルピの頭や頬を突いて笑った。

 イサが慌てて助けに入ろうとして、運悪くクリスが払ってしまうことになり落っこちてしまった。可哀想なことをしたが、怪我はなくホッとしたクリスである。




 *****




 気になっていた精霊プルピの家が出来上がった。

 交換条件はクリス専用の万年筆を作ってもらうこと。

 ペン先には貴重な精霊金を使うという。精霊の世界に存在する、魔力との相性が良い金だ。

 ペン自体は魔鋼を使うが、肝心の紙との接地面に触れる部分は金の柔らかさが良い。

 クリスが持っている万年筆のペン先も金だ。ただし純金ではない。加工の問題と強度の関係で他の金属が混ざっている。

 精霊金は魔力によって形を変え、魔法の伝導率も高い。

 つまり、ペン先を育てることのできる良い金属というわけだ。


 精霊は金属との相性が悪いと聞いたことのあるクリスは、ついでなので疑問をプルピにぶつけてみた。

 返ってきた答えはこうだ。


「別ニ、相性ガ悪イダトカ、ソウシタモノハナイゾ」

「あ、そうなんだ」


 そもそも、精霊は金属を加工してどうこうするという考えがないため、苦手だと思われているらしい。精霊の中でも物づくり精霊のプルピたちは異端のようだ。

 大抵の精霊は、ふわふわーっと楽しいことだけをして生きている。自由に過ごす生き物(?)らしい。


「精霊金モ精霊銀モ、魔力ヲ込メテ使ウノニトテモ向イテイルノダ。ソノアトノ管理モシヤスイ。何ヨリモ持チ主ニ忠実ナ物トナルデアロウ」


 文字通り、持ち主に従って育っていくものらしい。

 普通の万年筆だって使うごとに良い書き心地となっていくのに、もっと馴染むということだ。

 クリスはワクワクした。出来上がりがとても楽しみだ。

 しかし残念なことに、すぐには作れないという。


「軸ニモコダワリタイ。狙ッテイルモノガアルノダ」


 プルピは「フフフ」と楽しそうに笑った。

 こういうところは自分と似ている気がする。クリスは妙に恥ずかしいような、しかし仲間意識のようなものもあって複雑な気持ちになった。


 とりあえず、精霊仲間に軸となる材料の取り寄せを頼んでいるそうなので、もう少し待つしかない。お預けである。

 精霊たちの「もう少し」がどれぐらいか分からないが、仕方ない。



 では、いつも通りの仕事をしようと思ったクリスだったが、プルピに待ったを掛けられた。

 彼はガレルの都市内も観光していたようで、ある場所を「家つくり」スキルで直してほしいと頼んできた。


「え、北地区にある小さな橋?」

「ウム。精霊ノ残リ香ノヨウナモノガ感ジラレタ。良イ橋ダッタト思ウノダ」

「うーん。でも勝手に補修してもいいのかなあ。それに橋は家じゃないんだけど」


 ごねたつもりはないが、ごねたように感じたらしいプルピがプレゼン(?)を始めてしまった。

 いわく、家にくっついている橋だから家の一部だと思えば大丈夫。

 それに報酬も渡すと言い出した。

 内心で「やった」と思ったクリスである。

 少し悩むフリをして、いいでしょう引き受けます、と胸を叩く。

 プルピは万歳で喜んだが、床に落ちたままのイサは呆れた様子で「プッピィィ」と鳴いていた。




 そんなこんなで、翌日は朝から両肩に妖精イサと精霊プルピを乗せて北地区へお出かけだ。ペルは朝のうちにしっかりスキンシップを図ったのと、馬番をしてくれるロキが農家の手伝いに行くというため連れて行ってもらうよう頼んでおいた。


 北地区までは乗合馬車を使った。何人かと乗り合わせたが、小鳥でもあるイサには気付くもののプルピは全く見えていない。

 見えない人はとことん見えないようだ。


 北地区の大通りで降りると、裏路地へと入っていく。プルピが頭の上に移動し、あっちだこっちだと指示する。

 着いたのは、以前クリスも「ヤバい」と思ったことのある、朽ちかけの小さな橋がある家の前だ。


「あー、ここかー」

「知ッテオルノカ。コノ上ノ橋ニ、カツテ遊ンデイタデアロウ痕跡ヲ感ジタノダ」

「ふうん。そう言えば小さな橋だし、案外精霊のためのものだったかもね」


 子供用かもしれないが、二階屋上から路地を挟んだ隣の屋上へと繋がる変則的な橋は、高さがあって危ない。今はもう誰も使っていないようだ。

 家を観察してみても、誰も住んでいない。

 窓ガラスには板が打ち付けられていた。隙間から覗くと埃が溜まっている。


 橋を補修するにしても、家に入って屋根に上がる必要があった。さて、どうしようと考えていたら、不審に思ったらしい近所の人が男を連れてやって来た。

 こうした下町ならではの、繋がりがあるのだろう。


 クリスはここに来るまでに理由をいろいろ考えていたものの、結局は素直に話してみることにした。どのみち「空き家」とはいえ勝手に補修するわけにいかない。

 町の顔役に話を通す必要があると思っていたから、向こうから来てもらえるのは逆に有り難いことだ。


「お嬢ちゃん。そこで何してるんだ」

「この空き家と、上の橋を見ていたの」

「踊り橋か」

「踊り橋?」

「……昔、そう呼ばれていたのさ」


 クリスは「ふうん」と返事をしたものの、なんとなく想像が付いた。

 小さな子には妖精や精霊が見える者が多い。

 この町の子も精霊を見付けて遊んだのではないだろうか。精霊は楽しいことが大好きらしいし、この小さな橋に喜んで遊び場にしたのかもしれない。


 想像すると面白く、クリスは笑った。プルピが頭の上から下りてきて目の前で浮遊する。

 早く告げろということだ。クリスは強面の男を見上げた。


「とある存在に橋を補修してほしいって頼まれたの」

「……とある存在だと?」

「そうなの。でも勝手なことはできないし、どうしようかと悩んでいたところにオジサンが来た――」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る