029 ニホン族の青年
普通に有り得ない。
滅多にいない。
だからこそ、ニホン族なのだ。
「あはは。俺はニホン族の中じゃ、下っ端もいいところだよ。上級スキルはしょぼいしさ。おかげで使いっ走りだ。あ、そうだ。それだよ。例の頼んでいたやつ、もらってきてくれた?」
「ええ。でもそれは、中に入ってから、ということでいいかな」
「分かった。あ、でも、女の子はどうしよう。クリスちゃんだっけ? 後で家に送っていってあげようか? おっと、安心して。俺はロリコンじゃないから。NOタッチってやつさ」
「……あの、えっと」
「彼女にそんな言い回ししても、通じないよ。ニホン族の人は本当に独特の喋り方をするね」
ワッツが窘めてくれたおかげで、クリスは誤魔化すことができた。
目の前の青年はにこにこ笑っているが、どこか気持ち悪い。上から下まで舐めるようにクリスを見るのだ。
こいつの方がロリコンなのでは? そう思ってしまった。
クリスがそんな風に警戒しているのを、ワッツも気付いたようだ。彼はさりげなく、クリスを先にギルドへ入るよう促してくれた。
別々に入れて良かった。
中では、ニホン族が来たということで騒ぎになっていたからだ。
アナに事情を説明し、紋様紙は彼女に渡した。その間にワッツはニホン族の青年を別室に案内している。VIP待遇だ。
クリスはこそこそと隠れながら――隠れなくても小さいので全く誰にも気付かれていないが――アナに言付ける。
「まだ作業が残ってるんです。宿に戻っていいですか?」
「待って、さっき襲われたのよね? 彼が捕まえてくれたけど――」
チンピラ男は青年が捕まえてギルド内に引きずってきた。冒険者たちは事情を聞くと、男を地下牢に連れて行った。
今のクリスは契約の関係で準市民だ。法に照らし合わせて処分することも可能だし、ニホン族の仕事を請けていたことを絡めるとギルドでの処分の方が重くなることだってある。
それよりも何故、大通りでクリスを襲ったかだ。
アナには、くれぐれも理由を聞き出してから処分を下してほしいと頼んだ。
それから彼女が止めるのも聞かず、本部を後にした。
念のため防御の紋様紙を使う。自分用のだから光らない。誰も気付かなかった。ただ、紙がしゅわっと消えてしまうため、怪しまれないように屈んでブーツの紐を直すフリをして使った。
また乗合馬車を使って西区へ向かい、降りてから歩き出す。すると、背後で気配がした。ハッとした瞬間にはもう、大きな物音だ。
クリスが振り返ると、男が離れた場所で倒れていた。
防御だけでこうなることはない。防御は攻撃を弾くが、ぶっ飛ぶことはないのだ。
唖然としていると、夕闇の中に人影を感じた。クリスは身構えた。
「誰?」
「俺ー。なんか、嫌な予感したんだよね。追いかけてきて良かった」
「あっ、さっきの!」
「そうでっす。正義の味方だよ! なんちゃって~」
内心でいろいろツッコミが飛び交ったけれど、クリスは我慢した。変な人を見る目になったのは仕方ない。
すると、さっき会ったばかりの青年は「ちぇー」と肩を竦め、くだらないことを言うのを止めた。
「ワッツさんが連れてきてたんだし、変な男に襲われてたってことを考えたらさ。君が、俺たちの急な依頼を受けてくれた子だってのは普通に思い付くよ」
「えっと、その……」
「内緒にしておけ、って言われてるんだろ。魔法ギルドと揉めてるらしいもんな。でも、この程度の推理は俺たちにゃ朝飯前なんだよ」
今度は本当に意味が分からず、クリスは困ってしまった。
戸惑っていることが青年にも伝わったようで、彼は頭を掻き掻き、倒れた男を気にしつつクリスに近寄った。
「NPCって推理力ないからさ。ま、いいや。NPCでも同じ生きてる者同士だもんな。分かってる。だから助けに来たんだ」
「あの……」
「さっきの男、魔法ギルドに雇われてた調査員らしい。こいつもだろ。ワッツさんの後を追ったんじゃないか、ってのが俺の推理」
「はい」
「んで、君のことが心配だから追いかけてきたんだ」
「……馬で?」
見当たらないことに気付いてキョロキョロすると、青年はいたずらが見付かったような顔で笑った。
「へへ。俺のスキル『俊足』で、駆けてきたの。どうよ、間に合ったろ?」
「……はい。あの、ありがとうございました」
青年はにんまり笑って、Vサインをした。
西区の宿では危険だと言われたが、荷物もあるし飼っている小鳥がまだ戻らないと駄々をこねた。
すると、青年は「仕方ないから同じ宿に泊まる」と言い出した。
小鳥が帰って来次第、本部ギルドの勧める宿へ移動するという。
女将さんに事情を説明すると大層残念がってくれた。同時に襲われていたことに気付かなかったことを謝られた。そんなことはないとクリスが返し、互いにああだこうだと話していたら、見ていた青年が笑った。いい宿じゃん、そう言って。
「俺、ルカ。よろしくな」
「わたしはクリスです。よろしくお願いします」
「あんた、紋様士のスキル持ち?」
それに答えないでいると、ルカは「あ、そうか」と声を上げた。
女将さんが熱々のシチューを持ってきてくれて一緒に食べているが、皆が「ニホン族だって」と遠巻きに見ている。しかし、ルカは全く気にしていないようだった。
見られることに慣れているのだ。
「普通はスキルは公開しないんだっけな。俺たちだって本当は言わなかったんだ。でも、仲間内では情報共有する習慣が付いててさ。すっかり忘れてた」
「……紋様士のスキルではないです。そんな上級スキル持ってたら、魔法ギルドに雇われてます」
「そりゃ、そうだ。ははは!」
その後も当たり障りのない話をして、夕飯を食べ終わった。
ワッツが来たのは、二階の部屋へ戻ろうとした頃だ。他にも職員らしき人と、治安維持隊と思われる隊員が一緒だった。
「前回の事件と、今回の二件について冒険者ギルド本部のワッツさんから聞いた。すまなかったね」
維持隊の西区担当だという分隊長はクリスに対して謝罪してくれた。
流れの冒険者が被害者になった時に、ガレルが都市として親身に対応しないことについて、彼も「良くない」ことだと思っているそうだ。
とはいえ、ルールは守らなくてはならない。その狭間で苦労しているらしかった。
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