028 小鳥サイズのロールと、新たな出会い
翌日、窓を開けるとイサは飛んでいってしまった。
「え、待って、いきなり!? 大丈夫なの?」
「ピピピ!」
森の中で魔物に追われ、襲われていたというのに。
そんなクリスの気持ちが伝わったのか、イサは一度窓際まで戻ってきた。
「ピピピ」
「あ、それ、前にあげたロール?」
イサは足に、小さな巻き紙を掴んでいた。クリスが細工して作った彼専用の紋様紙だ。
更にイサは背中に嘴を突っ込んで、ごそごそしだした。すぐに、二つのロールが出てくる。彼の体のサイズに合わせた小さなロールは、丸まっても問題なく使えるように特殊な布紙を使っている。布紙は作るのが大変な上に描くにもコツはいるけれど、丸めて持ち運べる優れものだ。小鳥サイズだから作れたのであって、自分用や売り物では用意できない。
彼に作ってあげた紋様紙は、攻撃の「氷」と補助の「身体強化」、それから「防御結界」だ。初級二つと中級一つの紋様紙である。
「ピピピ」
「それがあるから大丈夫ってこと? 本当に?」
「ピピピ」
「……分かった。でも無理はしないでね。ちゃんと帰ってくるんだよ」
「ピッ!!」
胸を張って、今度こそイサは飛んでいった。
爪楊枝よりも小さいサイズのロールを背中に隠し、一つはいつでも取り出せるようにだろう、足に掴んだままで。
その姿がどこか面白くて、クリスはイサの姿が見えなくなるまで窓から離れなかった。
イサが部屋にいたとしても、うるさいということはない。集中すると周りの声が聞こえないというクリスの特技もあるが、彼自信が静かにしていたからだ。
けれど、静かにしているのと、いないのとでは全然違う。
部屋の中がシンとして、クリスは急に寂しくなった。
イサが来てから、ずっと一緒だったのだ。ペルも本部ギルドにいるから「ちょっと顔を見て和む」というわけにもいかない。
「……仕事しよ。早く描き終われば、早く会えるよね」
まだ丸一日も経っていないのに、早くもペルが恋しい。
イサに、いつまでに帰るのか聞いておかなかったのが悔やまれる。クリスは自分でも気付かないうちに、しょんぼり顔になっていた。
その日の夕方、ワッツがやって来た。
出来上がった分だけでも受け取りたいとのことだった。
部屋に案内すると、ワッツは物珍しそうに見回した。部屋の中には薬草を置いている。自然乾燥させるためザルに広げて干していた。
「あ、ごめんね。女の子の部屋をじっくり見てはいけないね。本当はアナが来る予定だったんだけど、上級の紋様紙を運ぶのに彼女では荷が重いから」
「そう言えばそうですね」
金貨ン十枚もする高価なものだ。受付女性が一人で運ぶのは危険だった。
そこまで考え、クリスはハッとした。ワッツも気付いたらしい。
「わたしは!?」
「そうだよね。僕も今、気付いたよ。あんなに高価なものを本部ギルドまで運んでもらってたのか。困ったな。魔法ギルドがどこから仕入れているのか探っているのに」
「わたしが運ぶ時は画材入れを背負ってるから、絵描きと呼べないこともないんだけど」
「そうだよね。しまった」
「えっと、運びましょうか?」
「……ごめん。そうしてくれるかい? 僕は少し離れて歩くよ。護衛として」
「ワッツさんが護衛?」
「見た目通り、大したことはないんだけどね。調査スキル持ちなんだ。鑑定士スキルの下位版でね。主に物に対して発動することができる」
「あ、だから、紋様紙もきちんと調べることができたんですね」
「その通り。そして、人間に対しても『調査』ができる。上辺だけの調査だけどね、通りすがりの人物を視る分には問題ないのさ」
「おお!」
悪人かどうか、その人が危害を加えようとしているのかどうかも分かるらしい。
上級スキルの鑑定士ほど「完全な証拠」とはならないが、調査スキルも十分信用に値するものだ。
「ということで、危険があれば声を出すよ」
「その時は走って逃げます」
「そうしてくれ。でも、馬車を使えば問題ないだろうと思うけどね」
そんな話をしていたのに、まるでフラグのように事件は起こった。
乗合馬車を使って本部ギルドの近くで降りた時だ。突然、チンピラみたいな男が覆い被さってきた。
襲われると思ったクリスは咄嗟に屈んで、ブーツに仕込んでいた「風」の紋様紙を取り出した。風は初級魔法になるが、使い方次第では大型の魔物を吹き飛ばすことができる。威力を抑えることも可能だ。人間相手に使うのだから、もちろん「吹き飛ばす」つもりはなかった。
しかし、クリスが紋様紙に魔力を通す直前に、男は取り押さえられた。
ワッツではない。彼は馬車の中から叫んで、慌てて飛び降りようとして転んでいたからだ。
クリスを助けてくれたのは二十歳ぐらいの男性だった。
「大丈夫? こいつ、昼日中から女の子を襲うだなんて」
そう言うと足蹴にする。その前にも、男を引き剥がす時に首根っこを掴んで放り投げていた。
文字通り、放り投げていた。
なんらかのスキル持ちなのだろうが、有り得ない姿にクリスはぽかんとしたままだ。
「あれ、大丈夫? 怖かったよね。あんな男に……」
ちょうど、ワッツが這々とやって来たところだった。
「クリスちゃん、ごめん。大丈夫、かい?」
ぜいぜい言ってる。クリスは困ったような、可哀想な気持ちでワッツを見た。すると若い男性もワッツを見て、それから笑った。
「あ、ワッツさん。この子の知り合い? だったら、ちゃんと見てあげないとさ。こんな大通りで平気な顔して女の子を襲うなんて。だからこの世界は嫌なんだ」
「いや、いろいろと事情がありまして。でも助かりました。クリスちゃんも、ごめんね」
「あ、いえ、あの……」
クリスが戸惑っていると、ワッツは「ああ、そうか」と納得した様子で告げた。
「この方はニホン族だよ。……できた分から欲しいと言ってきた人ね」
「あっ、それ嫌味? でも、最深部は大変なんだよ。俺は連絡係しかしてないけどさ~」
「はは、そういうつもりじゃなかったんだけどね。第一、君だって攻撃を手伝っているそうじゃないか」
「中級スキルでね」
「その中級スキルを複数持つことさえ、普通では有り得ないんだけどね」
苦笑するワッツを見て、クリスは理解した。
ワッツの持つ調査スキルは中級だ。その彼がこんな言い方をするということは、目の前の青年が持つスキルは同等クラス以上を複数持っているということだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます