025 指名依頼と地下迷宮について




 上級スキル持ちは、クリスが思う以上にプライドが高いようだ。しかも、急ぎだと言われているのに断れる強心臓の持ち主でもある。

 クリスにそこまでのプライドはない。もちろん、相手が上から目線で依頼してきたならイラッとして、何がなんでも断ったかもしれないが。それでもお金に困っていたらプライドなんて投げ捨てる。

 第一に、ワッツにはお世話になっていた。クリスはキリッとした表情を作った。


「どの紋様かにもよりますが、受けてもいいですよ。でも――」

「魔法ギルドほどの特急料金は付けられないが、うち独自の『特別ボーナス』は付けると約束しよう。上級紋様紙一枚につき、金貨八枚だ」

「……もう一声!」

「ふふふ。税の分は、こちらで持とうじゃないか」

「受けた!」


 がっちり握手した。

 ワッツが低い声でぐふぐふと笑うのに合わせて、クリスもぐふぐふと笑った。女の子なので同じようにはいかないが、二人して変な笑い方をするものだからアナには呆れられた。



 アナが指名依頼として手続きをしてくれる間に「必要な紋様の確認をする」と言って、依頼書に紐付けされた内部資料を見せてもらった。

 紋様の種類についてはサラッと耳にしていたものの、依頼者が何のために頼んだのか、クリスは自分の目で見たかった。


「ニホン族……?」

「ああ、そうだよ。言わなかったかな。依頼は彼等からなんだ。どうやら、このスキル持ちはいないようだね」

「そう、なんだ」

「うちのギルドのエース級も付き合わされて前線へ出ているが、付いていくのが大変らしいよ」

「……もしかしてエイフもいます?」

「そうそう、彼もいるよ。あれ、君って外からの冒険者だったよね」


 というから、エイフとの出会いについて説明した。西区のギルドでは知られているが、人の多い本部ギルドでは知られていなかったようだ。

 ただ、若手の冒険者をボランティアで助けるという仕組みについては、もちろん知っていた。


「そう言えば、誘拐事件の発生は西区が多かったね。君はしっかりしているから、つい忘れていたけど、まだ子供だったか」

「十三歳ですけどね」

「そうだねぇ、でも人は見た目で判断するから」

「……そうですね!」

「はは、ごめんごめん」


 アナの書類の準備が整わないため、クリスはついでに先日起こった事件について愚痴を零した。ゲイスのことだ。被害者のクリスが流れの冒険者、加害者が市民であるがゆえに、治安維持隊に引き取ってもらえなかった。

 クリスがぷりぷり説明すると、ワッツは思い切り顔を顰めた。


「そんなことがあったのか。分かった。こちらから手を回しておこう」

「え、どうやって?」

「君と専属契約をしていることにする」

「え?」

「日付は、まあ少々誤魔化そう。とにかく、本部ギルドとクリス君は紋様紙の定期的な納品について契約をしている。これは事実だ。そこに一文を付け加える。『契約が満了するまでは準市民として扱うこと』ってね」

「アリなんですか?」

「裏技的にアリなんだ」


 ワッツはウインクして、にやりと笑った。悪い顔だ。けれど、嬉しそうでもあった。

 クリスが唖然としている間に、彼は続けた。


「ついでに『契約満了は、魔法ギルドが適正価格にするまで』と、付け加えておこう」

「あー。じゃあ更に『あるいは請負者からの申し出があるまで』とも付け加えておいてください」

「バレたか」

「だって、いつまでガレルにいるか分からないんだもの」

「そうだよねぇ。そんな事件があった後に『ガレルは良い都市なんだ』とは言えないか」


 これが迷宮都市ガレルの悪いところなのだ。

 そう言うと、ワッツは肩を落とした。

 彼によると、市民とそうでない者との差別化が最近ひどくなっているという。外から来て真面目に過ごしても、三世代目でないと市民になれない。他の都市や町では有り得ないことだった。

 それもこれも、地下迷宮ピュリニーのおかげで収入が右肩上がりだからだ。あえて市民を増やして厚遇する必要はない。彼等は自分たちが選ぶ側だと思っている。


 ふと、クリスは就職氷河期の話題を思い出した。先輩社員が零していたが、人事採用者がまるで神か悪魔に見えたという。何十社受けても落ちる日々。圧迫面接という名のハラスメントに、苦しんだ学生は多かったそうだ。

 しかし彼等は忘れていた。面接を受ける数多の学生が、回り回って自分たちの「お客様」になるということを。そして時代は変わるという事実に気付かなかった。

 就職氷河期が終わると、今度は学生が選ぶ側になった。SNSが流行っていたこともあり、どの企業の人事採用がひどかったのかも分かるようになった。

 もちろん、それでも一流企業は潰れはしない。

 事実、クリスも名のある会社に入ってから、ブラック企業だと知った。

 でも「お客様」になるかもしれない「人間」相手に、いつまで通用しただろうか。


 となれば、迷宮都市ガレルも、いずれはしっぺ返しが来るかもしれない。


 ワッツが「近々、国から独立するという話もあるんだ」と話す。クリスも聞いた噂だ。

 そのため、市民とそうでない者との間に格差が広がっている。


「冒険者も都市にとっては大事な存在なんだけどね」

「そうですよね。だって、冒険者がいないと成り立たないことは多いと思います。わたしの薬草採取もだし、何よりもピュリニーに挑戦してるのは誰かって話ですよ」

「そうそう。市民出の冒険者や市民権を得た冒険者っていうのは、『冒険』を躊躇うようになるんだ。実は、最下層へアタックしているクランメンバーのほとんどが外から来た冒険者たちでね」

「え、そうなんですか」

「剣豪の鬼人ラルウァもそうさ。彼は一時的にクランに入ってるだけだ。この地下迷宮は、中層以降は個人で行けないような仕組みなんだ」


 談合をしているとは思っていたが、仕組みからそうだとは知らなかった。クリスは身を乗り出して聞いた。


「それはガレルが決めたことなんですか?」

「……変なところに食いつくね。そうだよ、ガレルが決めた。というか、迷宮内部の構造に問題があるんだ。中層から先は、階層主を倒してでしか次へ進めない。その時に、必ず誰かがこちら側にいる必要があるんだ。うーん、ドアを開けておく役目と言えばいいのかな。階層主を倒すことによって核が得られるんだけど、それを割って対とするんだ。割り符のようなものだね。で、片側を手前に置いていないと一気に戻ってくることができない」


 しかも、その石のような核は、地面に置いておくと自然に消えてしまうそうだ。

 人間が持っていないといけない。

 クリスはぽかんとしてワッツの話を聞いた。



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