015 母親の思い出と納品と買い物




 ところで、クリスが急に泣き出したことでエイフは心配になったらしい。今回はちゃんと宿まで送り届けてくれた。

 午後は元々休みの予定だったから、宿の方にしてもらった。次の日に紋様紙を納品する必要があるから缶詰め作業で頑張るつもりだ。

 エイフは宿の女将さんにクリスのことを「頼む」と言って、帰っていった。


「いい男だねぇ。鬼人族じゃ、でかすぎて釣り合わないだろうけど。まあ、それより年齢が離れすぎてるかね」

「いや、そもそも、小さい女の子に手を出すのはヤバいと思います」

「そりゃそうだ。あはは!」


 そこは笑うところではない。

 が、なんだか女将さんの豪快なところが魔女様を思い出させて、クリスの気分は上がった。

 魔女様は「くよくよしたって意味がない」だとか「泣いてる暇があったら働け」などと言って、クリスをこき使った。

 その分、手間賃という名の食べ物をもらえた。


 当時は、確かに泣いている暇などなかった。父親の世話、家のこと、魔女様の手伝いで忙しい毎日だったからだ。

 母親は産後の肥立ちが悪く、ずっと寝付く日々が続いた。そして、クリスが小さい頃に亡くなった。

 思い切り泣いたのは、その時だけだ。

 魔女様の家を片付けている最中に思い出して涙ぐんだことはあるが、なにしろ「くよくよしたって――」と言われるものだから涙など途端に引っ込んだ。

 まさか、次に大泣きしたのが前世の食べ物を思い出したからなんて、どれだけ食い意地が張ってるのか。

 冷静に考えると恥ずかしい。エイフが忘れていてくれたらいいのだが。

 クリスは溜息を吐いて、部屋に戻った。





 次の日には予定通りに冒険者ギルドの本部へ行き、二度目の納品を済ませた。

 今回は頑張ったおかげで、金貨八十枚を超えた。約束通りに十枚ごと――上級の紋様紙は五枚単位――で、きっちり持参した。担当のワッツは「やっぱり賢いね」と笑っていた。

 しかし、実は内職して溜め込んでいた売り物の紋様紙はこれで最後だ。一週間後の納品時には数が減ってしまうだろう。実入りがいいため紋様紙一本に絞ってもいいのだが、まだ銅級のクリスは、まめにギルドの一般依頼を受けておく必要があった。

 冒険者のルールとして、町にいる間は最低でも二週間に一度の依頼を受けなくてはならない。でないと、冒険者という身分を作って町に入り込む無法者扱いをされるからだ。


 商業ギルドの会員なら年会費を支払っているので、もう少し緩いらしい。

 実際、商売が上手くいかない場合もあるから、そういう形式なのだろう。年会費は保証金のようなものだ。

 冒険者にはそうした保証がない。たかが一週間休むだけと思っても、その後に何か起こって働けなくなったら、問答無用で身分剥奪だ。あるいは町の外に放り出されることもある。

 迷宮都市ガレルだと後者の方になるだろう。

 永住権を与えないような厳しいルールがあるからだ。


 これで銀級だったら、もう少し安心できる。銀色というギルドカードは、冒険者としての実績の証だ。

 銅級は、ちょっと頑張れば取れてしまうランクである。


「やっぱり、両立して頑張るしかないかー」

「ピ?」

「冒険者の仕事だよ。銀級に上がれば少し楽になるんだよね。保証金を預けておくと、一年働かなくても大丈夫だし」

「ピピピ……」


 身分証明のギルドカードは必須だ。町の出入りにも欠かせない。

 しばらくは疲れる日々が続くだろうが、馬車の家さえできれば少し楽になるはずだ。なにしろ家である。安心してリラックスできる自分だけの家。

 しかも、対外的には荷馬車なので問題ない。車輪があれば荷馬車だ。ちゃんと確認している。

 クリスはニマニマ笑いながら、ギルド本部を後にした。



 今回の収入の半分は馬車の支払いに回す。残った分で改造に必要な材料を揃えてしまうつもりだ。

 日々の暮らしに必要な収入は毎日採取をしているから、それで賄える。貯金が危ういが、最悪の場合に換金できる素材はまだ残していた。

 それよりも馬車を仕上げてしまいたい。


 というわけで、買い物である。

 頑丈なガラスや補強のための鉄、それに軽銀も欲しかった。ガオリスの店では手に入らない古い家具も。絨毯にカーテンだって必要だった。


「お布団は作るとして、綿もいるね」

「ピッ」

「イサの鳥籠も作るよ」

「ピピピ!!」


 嬉しいらしい。とっておきの「家」を作ってあげよう。クリスはイサの頭をなでなでして、事前に調べていた店を回った。


 本当は食器などの小物も欲しい。が、予算の関係で今は無理だ。使い古した木のカップやお皿で我慢する。だからこそ、家具類はきちんと作りたい。


「ええとー、忘れ物はないかな」

「ピ」

「あっ、七色飛蝗の後翅が欲しいなあ」

「ピ!?」


 迷宮にしか出てこない魔物だ。七色飛蝗は倒すと、美しい後翅がガラスのように硬くなる。切り取って窓にはめ込んだり、ランプシェードにするのが有名だ。


「でも高いんだよね。砕いた余り物をくっつけてステンドグラス風にしたらどうかな」

「ピピピ……」


 イサは相槌でも打っているつもりなのか、クリスが話しかけると返事をしてくれる。たまに何を言っているのか分からないときもあるが、会話しているみたいだから気にしない。

 クリスは賛成してもらったと思ったので、魔物の素材を販売している店にも寄ることにした。


 しかし、クリスが想像したよりもずっと高い値段が付けられていた。

 余り物などは一山幾らという形で売っているから、結構なお値段だ。商売をするつもりがなければ、個人で買うにはおかしな量である。

 さりとて、小売の店ではすでに加工されていて、クリスの好みでなかったり高すぎたりした。

 都会は人件費が高くつく。加工品などびっくりするぐらい高かった。


「これ、予算を超えるとかって話じゃないなあ」

「ピィ」


 贅沢品に手を出すのは早いと気付いて、今回は諦めることにした。


 他に必要なものは揃えた。

 金属加工の店には制作も依頼した。軽魔鋼と呼ばれる迷宮で発掘される特殊な金属がある。それをクリスの設計図通りに加工してもらうのだ。


 迷宮から採れる鉱石類の中で、有名なのはミスリルだのオリハルコンだのだ。その中でよく採れて加工しやすいのが魔鋼と呼ばれるものだった。魔鋼は魔力を通すことで形を変えることができる優れものだ。ただし、武器にはし辛い。魔力を通すと形を変えるからだ。

 魔鋼は細工に向いている。

 その仲間で、格下と呼ばれているのが軽魔鋼だった。

 とにかく軽く、加工もしやすい。その分、ちょっと腕に覚えのある男性が本気で殴ったら凹むぐらい弱い金属だった。

 だから、練習用の金属とも呼ばれていた。加工細工を学ぶ際に使う。

 怪力のクリスも強く掴んだら簡単に歪んでしまうだろうが、そこは気をつけたらいいことだ。なにより軽いのがいい。

 軽魔鋼は、薄い板ほどの厚さにしてその上で寝転んでも変形しない。面には強いのだ。もちろん馬鹿力でぶつかればへこんでしまうが、多少凹んだとしても構わなかった。


 加工を頼んだものは、どうしても手に入れたいものだった。

 クリスは予算内に買い物を済ませられたので、スキップしたいぐらい嬉しい気持ちで宿へと帰っていった。





**********

溜めてるのが心もとなくなってきたので、2~3日ごとにします。

んで20話以降はまったりと……


この頃は「魔法使いで引きこもり?五巻」の改稿作業が佳境を迎えてるだろうと思います。きっと、たぶん!!

( ꒪⌓꒪)







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