016 仕事の奪い合いと新しい依頼
西区のギルドへ行くと、いるはずのエイフがいなかった。
それに薬草採取の依頼もない。
クリスが首を傾げていたら、胡散臭そうな男がニヤニヤ笑いながら依頼書をピラピラさせて話しかけてきた。
「悪いが、これは俺がもらうぜ」
「はあ……」
「最近、荒稼ぎしてたようじゃないか」
「はあ?」
「お前みたいなチビに、先にランクを上げられちゃ困るんだよ」
胸元を見れば、クリスと同じ銅色のカードをぶら下げている。無くしてはいけないものだから、大抵の人はネックレスのようにして下げているのだ。
クリスはポーチ用のベルトの外ポケットに入れている。紐を通しているので、他人に見せる時に取られる心配はない。
「剣豪の
まるで小物の悪役だ。捨て台詞か、と内心で突っ込みながらクリスは男を見送った。
二十代に見えるが、その年齢で銅級は結構まずい。
たぶん、他の仕事が長続きせずに流れ流れて冒険者になったタイプだ。
この世界はスキルによる差別もあるため、事情があるなら仕方ない。冒険者という職は最後の砦でもある。
これでだめなら辺境地へ流れていくことになるからだ。
憐れむわけではないが、事情によってはクリスも気にならない。
依頼は早いもの勝ちだし、やりたいのなら構わないのだ。
「でも、あの言い方はないよねー」
「ピー」
イサに愚痴をこぼしていると、通りがかった冒険者に笑われた。小鳥に話しかけてる危ない奴だと思われたようだ。でも、その後にフォローしてくれた。
「ああいうのは相手にしないことだ。まだ依頼は残ってるからな。頑張って探せよ」
「はーい」
声を掛けてくれた冒険者はこれから護衛として他の町へ向かうらしい。待っていた仲間から装備品を受け取って出ていった。
西区のギルドでは護衛仕事が多い。西区は隊商の出入りが多く、そのため倉庫もあちこちにあった。当然、馬車置き場も近くにある。ここから、迷宮産の素材を王都へ売りに行くのだ。
今のところ、都市から出るつもりのないクリスには関係のない仕事だった。
それ以前に、荷運びならできるのにも関わらず、見た目が幼い女の子なのでまず断られる。
そのため、数少ない都市外でしか採れない薬草の採取仕事を選んでいた。
その薬草採取の仕事が軒並み取られてしまったため、クリスは思案した。
大工の下働きも募集されているが――。
「ごめんなさいね、女の子は受けられないのよ」
「そんなあ!」
「ここにマークが入ってるでしょう? これ、そういう意味なの」
受付のユリアが申し訳なさそうに謝りながら、依頼書の下の方にある印を教えてくれた。確かに、文字ではない小さなサインがある。象形文字のようだが女性を表しているらしい。その上にバッテンマークだ。
識字率が低めの世界だから、依頼書に書かれている文字は簡易文字である。この世界の文字は英語のような形で簡単だ。しかし、単語を作るための組み合わせが膨大で、覚えている人は少ない。そのため、三文字で意味を表現できるように簡易文字が編み出された。略字のようなものだ。最低限これさえ覚えていればいい。
その代わり詳細に伝えることはできない。
他には象形文字のような女性を表す記号だとか、バッテンマークがある。これらを組み合わせることで、文字を覚えていなくても「なんとなく」伝わるようになったそうだ。
ちなみに店の看板も、道具を表現するなどで何の店か分かるようにしていた。
「どうして女の子がダメなんですか?」
「ああ、それね。うーん、言ってもいいかな。あのね――」
ユリアが言うには、元々親方が何やら拗らせているらしく「女性に幻想を抱いている」そうだ。
か弱い女性に重い荷物をもたせるなど言語道断、ということらしい。かつ、弟子たちがまだ若い十代ばかりで、集中力がない。そこに女の子が下働きに入ったら、気もそぞろになって事故を起こすかもしれない。
というのが親方の言い分だった。
「えー、それっておかしいー」
「そうよねえ。能力があるなら女の子だって雇ってくれてもいいと思うのに」
「スキルってそういうことですよねー」
「本当にね! でも、いまだに多いのよ。女性が大工スキルを持っていても雇わないっていうところ」
「そうなんだ……」
スキルに左右される世界なのに、何故か「力仕事は男のもの」というイメージも入るから厄介だ。
もっとも、そうしたこだわりを持たずに能力主義の親方もいるらしいのだが、そういうところは人気があって募集を出したらすぐに埋まってしまう。
「いい男はすでに結婚しているっていう法則と同じですね」
「それよ! って、クリスちゃん……。あなた見た目は幼女だけど、本当はもしかして大人なんじゃないの?」
「十三歳です!」
「うーん、それはそれで微妙な!」
エルフでもなさそうよねと、どこをどう確認したのかクリスに向かって言う。ユリアは笑いながら、とある依頼書を見せてくれた。
「それはそうと、これ、どうかな?」
「掲示板にはなかったやつですか」
「受付の判断で指名のように勧めてもいい案件なの。できればクリスちゃんがいいなと思ってたから、ちょうど良かったわ」
見ると、昨日寄った魔物素材を扱っている店の手伝いだった。
「あ、瑪瑙大亀の内側を綺麗にする仕事だ」
「そうよ。丁寧で繊細な作業を求められるの。女の子向きでしょう? しかも案外力が必要でね。確か、クリスちゃんは荷運びもできるってアピールしてたわよね」
「はい!」
「どうかな?」
迷宮の素材を多く扱っている店だ。もしかしたら、余った素材を安く売ってもらえるかもしれない。
クリスは二つ返事で引き受けた。
店主は、クリスの小ささに驚いていたものの、ユリアの「この子問題ないですよ」のサインを見て了承してくれた。
第一関門突破である。
作業場へ入ると、店員や弟子たちが必死で甲羅の剥ぎ取りを行っていた。
「急に注文が入ってね。七日以内に納品しろとの命令で……」
店主の顔色は悪く、作業場もひどい有様だ。クリスは辺りを見回して、大体の場所を覚えた。
「ええと、甲羅の内側を磨けばいいんですよね? 剥ぎ取りもやりましょうか?」
「……できるの?」
「やったことはないですけど、皆さんの見てたら大丈夫そうだなって」
「いやいや。……いやいや、え、本当に?」
「えっと、割ってもいい石か、硬い木はありますか?」
店主だけでなく、作業していた職人たちが手を止めてクリスを見た。呆けているのは、たぶん疲れも入っているのだろう。
こういう姿を、クリスは見たことがある。
前世でだ。
クリスの働いていた会社は、ちょっぴりブラックが入っていた。クリスも深夜まで残業していたほどだ。そのせいで終電間際に急いで駅へ走って向かい、そこで死んだわけだが。
クリスは店主が無言で渡してきた手のひらサイズの木片を、両手で割ってみせた。
その後は、あっという間だった。
次から次へと瑪瑙大亀が用意された。最初の一つは店主付きっきりで見てもらったが、問題ないと分かると放ったらかしになった。
小さい、壊れても問題なさそうなものから始めたが、そのうち大きなものまで横に積み上げられる。
クリスはもちろん、黙々と作業を続けた。
瑪瑙大亀の甲羅は、名前の通り瑪瑙のように硬い。見た目の美しさもさることながら、通常の瑪瑙よりも形良く整っていることから薬師の薬研台に使われる。「薬師」は中級スキルなので、こんな高価な薬研台が使えるのだろう。
一般スキルの「調合」程度では、高価な瑪瑙大亀の甲羅など手に入れられない。
クリスは魔女様の家で自分の身長ほどもある瑪瑙大亀の甲羅を見たことがある。錬金術士が使うような大物だ。もっとも、魔女様の家ではただの物入れと化していた。
そのため、当初は高価なものだと知らなかった。
知ったのは旅の途中で読んだ「高価な素材一覧」という本のおかげだ。
お金儲けのために勉強したが、知れば知るほど衝撃的だった。魔女様の家ではゴミのように散らかされていたからだ。
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