第三十一回 居酒屋にて・その八
「そういえば……。先ほどの話を聞く限り、いつもの『容疑者を集めて意見を出し合わせる』ってやつ、今回は、やらなかったんですね」
これも、元の『
容疑者全員を集めてきて『皆さんのお知恵を拝借したい』などと言って、容疑者当人たちに事件を議論させる。自分はその輪の中から一歩離れて、第三者的立場から、発言内容や態度を観察する……。
それが
もちろん、これにはデメリットもある。他の容疑者との尋問内容など、それぞれが知らなかったはずの捜査情報も、容疑者たちに知られてしまう。だが、そのデメリット以上に、有益な情報が得られる……。警部は、そう信じているらしい。
今回、
「ああ、それは今回、やらなかったな。容疑者も少なかったし、たいした謎でもなかったしね」
ふむ。
では、少し別の側面から、切り込んでみようか。
「ところで、
「ああ、秋座吾郎の事件は、厳密にいえば私の担当ではないのだが……」
少し言いよどむ警部を見て、俺は思った。
さてはこいつ、考えていなかったな、と。
「……おそらく、犯人につながる明確な痕跡が、死体に残されているのだろうね」
「それは?」
「例えば……。凶器だな。
俺は、全く別の可能性を考えてみた。
「もしかすると、死体が盗まれたわけではなく、まだ秋座吾郎は生きているのかもしれませんね。襲われて重傷を負ったものの、逃げ出して、どこかで生き延びている……」
「響谷君。それは無理だ」
あっさり否定されてしまった。
「そもそも、現場に残された血の量がなあ。それに、現場で手当てをした形跡はないから、そのまま急いで逃げ出したなら、事務所の外まで血の跡が点々と続くはずだろう。さらに一応、近所の病院も調べたらしいが、重症の秋座吾郎が駆け込んだ記録もなし。うん、間違いなく彼は死んでいるよ」
「そうですか……」
ふと、考えてみれば。
先ほどから、俺たちは、かなり物騒な話をしている。別に小声でひそひそ話をしているわけではないが、周囲の喧騒に紛れているのだ。
まあ、警部が話し始める時に「そういう狙いで警部は居酒屋を選んだのかもしれない」と俺も思ったわけだが……。
周りを見渡してみれば。
どこのテーブルでも、楽しそうに騒々しく、飲んだり食べたりしている。料理を運んできた店員と何やら言い合っているテーブルもあるが、それだって、真剣な諍いに発展しそうな雰囲気ではない。
そうした様子を見ているうちに……。
俺の頭の中で、ある閃きが形を成した。
「我孫瓦警部、ちょっと聞いてください。こんな考えはどうでしょう? もしかしたら……」
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