第三十回 居酒屋にて・その七

   

「……そうなんだよなあ。仕事関係の書類が盗まれた以上、誰が秋座あきざ吾郎ごろうの依頼人だったのか、それすら調べるのが難しいからなあ」

 我孫瓦あびがわら警部は、軽く頭をかきながら、

「そもそも偽のアリバイなんて依頼する客は、浮気であれ何であれ、後ろめたいことがあるからこそ、アリバイ工作するわけだろう? 犯罪と無関係だとしても『秋座吾郎に二十三日のアリバイ工作を依頼した人、名乗り出てください!』と告知したところで、出て来るはずがない」

 もし誰かが名乗り出てくれて、アリバイ工作を依頼したのが山田原やまだわらただしではなかった、と判明した場合。

 警部の山田原正犯人説は崩れてしまうが、代わりに、山田原正犯人説は間違っていたと確認できる。まあ厳密には「秋座吾郎を利用して犯行をおこなったわけではない」と判明するだけで、まだ別のトリックを用いた可能性は残るが、それでも一つの可能性を潰せるのは進展となる。だが、二十三日の依頼人が不明では、それすら望めない状況だろう。

「それにしても……。こうして話を聞いていると、兄弟なのに、ずいぶんと性格も違うんですね」

「兄弟なのに? ああ、おさむと正のことか」

 警部は少し顔をしかめながら、

「何を言っているのかね。兄弟だからこそ違うんじゃないか。ほら、君のところだって、あのひとと君は大違いじゃないか」 

「おや、そう見えますかね」

 俺は苦笑してしまう。

 今の俺と姉――響谷ひびきだにあい――は、確かに、似ても似つかない性格かもしれない。

 しかし警部が知るはずの響谷ひびきだにつばさ――俺の魂が入り込む以前の『響谷翼』――と響谷愛は、良く似た二人だったと思うんだけどなあ。

 少なくとも、元の『響谷翼』の記憶を覗き込む限り、俺にはそう見える。

 まあ、こんな俺の内心に警部は気づくはずもなく、

「違うといえば、容疑者二人の妻たち、香也子かやこ理恵りえも正反対だな。あの二人の場合は、むしろ正反対だからこそ仲が良い、という感じだが。しかし、あの二人には困ったものだ」

 そんなことを言いながら、警部は冷奴ひややっこに箸を伸ばす。続いて、

「香也子と理恵は頻繁に電話し合っていたから、当然、この捜査のことも話題にしていたらしい。『何を聞かれたの? 何て答えたの?』などと、細かく語り合っていたみたいだ。何でも筒抜けになっていて、こちらとしても、少しやりにくかったよ」

   

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