第2話 市姫様にお仕え候

「お、織田、織田市!?」


 ……ウソだろ、そんなバカな!?




「なんだ貴様。人の名前を呼び捨てにするとは無礼な!」


 おっと、いけない。


「は、ははー。申し訳ございませぬ。い、市姫様と知らず、とんだご無礼を」


 私は直ぐにその場で土下座する。

 衣服が泥だらけになるが構わない。

 下手をしたらその場で切り捨てられる。


「ふむ、尾張の者か。てっきり他国の者だと思ったが? その方名は?」


 一瞬考えたが、本名を名乗ることにした。

 歴史好きなじいさんがつけてくれたありがたい名前だ。


「は、木下藤吉と申します」


「木下? さて、聞いたことがないな。まぁいいか。立つが良い」


 しかし、私は立たない。

 どう考えても私は無礼を働いた。

 直ぐに立ったら斬られるかも知れない。

 この時代、目上や身分の上の者による無礼討ちが当たり前だ。

 死にたくなければ頭を上げてはならない。



「平に、平にご容赦を」


 更に下手に出る。


 出すぎて困ることはないはずだ。


「む、そう畏まるな。私が意地悪をしているようではないか」


「お、お許しいただけるので」


 頭は下げたままで答える。


「構わん、許す。だから立て。それでは話が出来ぬ」


「は、はは。では」


 そして立ち上がり、自分の顔や衣服が泥まみれになっていた事に気付く。


「ぷっ、ぷぷ。お主。な、何という格好だ。ぷっ」


「はぁ」


 笑われてしまった。格好悪いがしょうがない。


「しょうがないのう、ほれ。これで拭くが良い」


 そう言うと、市姫様が布を取り出す。


 何処から出したかは秘密だ。


 ただ、いい匂いがしたとだけ言っておこう。


 それにしても改めて市姫を見るに『美少年』だ。


 髪を後ろで縛っているだけだが、可愛いより綺麗、美しいと言える。

 切れ長の眼が鋭く、頬はややほっそりしている。

 鼻は長すぎず、口は小さく唇はうっすら紅をさしている。

 体型は具足のせいでよくわからないがやや痩せて見える。

 具足が多分合っていないのだろう。

 だが、全体的に凛々しさを感じる。


 総じて市姫は『美少年』に見えた。


 私は顔だけ拭いて気になったことを聞く。


「なぜ、市姫様お一人で。供の者はどうしたのです?」


 すると、顔を少し歪めて市姫は答えてくれた。


 市姫曰く、合戦が終わった後兵達を労い声をかけていた所、突然兵達に襲われたと。


 また場所も悪かった。

 味方の居る場所から離れすぎたのだ。

 護衛の兵はその時に死んだ。

 その場を離れた市姫は直ぐに囲まれ、そこに私が現れたと。


 何ともテンプレな展開。


 しかし、私はツイテイル。


 この恩を上手く活用しよう。

 まずは情報収集だ。

 何をするにも周辺の地理、時系列を確かめないとな。


 でも何で織田市が戦場に?


「姫様ー! ご無事ですかー!」


 私と市姫が歩いて向かっていく場所から十人近い人がやって来た。


「じい。私はここだ!」


 手を振る市姫にじいと呼ばれた人がやって来る。


「この平手。姫に何か有ればと心配で心配で」


「この通り何もない。大丈夫だ。それにこの者が守ってくれたからな」


 市姫がくるりと回転してみせる。


 ……可憐だな。


 そして、さりげなく私を紹介してくれた。


「この者、何者です。それに見たこともない格好。怪しい奴が引っ捕らえい!」


 うわ、いきなり捕まえられるの?


 か、勘弁してくれ。


「待て、待てじい。この者は私を助けてくれた者だ。手荒な事をするな!」


 直ぐに市姫が止めてくれた。


 た、助かったのか?




 私はこうして道すがら市姫の近くで行動を共にすることができた。


 平手という人とその周りの者達からめっちゃ睨まれたが。


 て言うか、平手って『平手ひらて 政秀まさひで』のことか?


 信長の守役の?


 それに赤塚と言っていたな。


 赤塚で戦となると、山口親子の謀反か?


 でも、それは信長が家督を次いで直ぐの出来事だと思うけど。


 なんで信長居ないの?


 なんか、私の知っている歴史と違うようだがどうなってんの!?




「反対でございます!」


 部屋に平手のじい様の声が響く。


「うるさいぞ、じい。少しは声を抑えろ」


「も、申し訳なく」


 平手のじい様が市姫に頭を下げ、こちらを睨む。


 そんな顔を向けないでくれ。




 私は今、尾張清洲城に居る。


 言わずと知れた、尾張の要地、信長の居城。


 そこに今、私は居る。


 それだけで感無量だ。




 あの古戦場跡地から数日。



 清洲城の一室を宛がわれ、さらに衣服を与えられた私は姿だけは武士と言えるかも知れない。


 だが、髪形はそのままにしている。


 月代になんてしたくないから伸びたら縛ろうと思う。


 そんな城での生活は軟禁だ。


 持ち物は勿論、体の隅々まで調べられた。

 何処まで調べられたかは教えないでおこう。


 ……私の、自尊心の為に。


 私物は取り上げられなかったが、移動に制限がかけられ何処に行くにも女性が付いてくる。


 思うに、奥向きの侍女だと思われた。



 その侍女は何と『前田まつ』と名乗ったのだ。


『前田まつ』って、前田利家の奥さんだよな?


 何で利家の奥さんがここに居るの?


 そんな彼女は一日中私を監視していた。


 やることのない私は彼女から情報を聞き出そうとしたが、城や織田家のことは何一つ話してくれなかった。


 しかし、彼女自身のことは教えてくれた。



 彼女は『前田まつ』


 荒子前田家の前田利家の奥さん。


 ロリコン利家の毒蛾に掛かってしまい十二歳で子供を産んだ凄い女性だ。


 現在の彼女は前田家の庇護を受けて、市姫の侍女の一人として働き、市姫のことを大層慕っている。


 それこそ、自分『前田まつ』がどれだけ市姫様を尊敬し憧れているか、朝から晩までとっぷりと日が暮れるまで説明してくれた。



 まるで、信長と利家みたいだ。


 何度も話がループした時は勘弁してくれと思ったが、やることはなかったので美少女と話が出来たのは嬉しかった。


 まつさんは可愛い。


 年は十二ぐらいか?


 顔は小顔で、背も低い。

 でも、出る所は出ている。

 たいへんけっこうな体つきだ。

 実にけしからん。


 それはさておき。


 どうやらこの清洲城主は市姫であるらしいこと、くらいしか分からなかった。


 そして、市姫に呼び出され小者に成らないかと誘われた。



 今の目の前の市姫は女性らしい格好をしている。


 時代劇に出てくる小袖姿ではなく、仰々しい姿だ。

 何枚重ねて着ているのと聞いてみたい格好をしている。

 でも、戦場姿の市姫も良かったがこの姿も良いものだ。


 髪を縛らず束ねてそのままに。


 うん、これぞ正に正装と呼べる姿だ。



 それはさておき小者のことだ。


 小者とは私もよくわからないが小姓とも違う側仕えらしい。

 何かの本で読んだことがあったがあまり覚えていない。

 てっきり武士に取り立てるか、金だけ渡して『はい、サヨナラ』と思っていた。


 当然、後者を予想していたが、しかし小者か?


 どうするかと問われたら平手のじい様が怒鳴ったのだ。


「なぜ、反対するじい」


「この者、得体が知れませぬ。他国の間者やもしれませぬぞ。危のうござる」


 最もな意見だ。俺が平手のじい様の立場なら同じように反対しただろう。


「危ないのなら、なぜ私を助ける。殺すならその時出来ただろう」


 うん、そうそう。そうだよ!


「助けた時は、姫様と知らなかったのでは?知らずに助けたのではないですか?」


 まつさんから思わぬ助け船。


 うん、そうね。知らなかったよ私は。


「それに、こやつは得物を持っておらぬ。それでも疑うのか?」


「それこそ、素手で殺せるやも知れませぬ。いや、殺せましょう。私は反対です」


 うん、死に物狂いになれば、やって殺れないことはないと思う。


 それから、一時間近くひたすら二人の問答が続いた。


 正直、暇だよ。


 どうするかなぁ~、これから。


 もし、仕官出来ても平手のじい様がこれじゃあなぁ。


 でも、よそに行ってもね。


 せっかくの縁なんだからそれを生かしたい。

 それにここを離れるのはリスクが高い気がする。

 せっかくの戦国トリップだ。

 史実の秀吉よろしく、成り上がりを体験したい。


 というか、秀吉居るの?


 そんなことを考えていたらまつさんが発言した。


 今、この部屋には五人いる。


 市姫、平手のじい様、私、まつさん、そして、二十歳過ぎと思える若い侍だ。


 私の目の前には市姫が、左側に平手のじい様、右側に若い侍、若い侍の隣にまつさんが座っている。


 若い侍はひたすら無言だ。


 顔色一つ変えていない。


 まつさんが発言しても変えない。


「私は、市姫様に賛同します」


 まつさんが堂々と俺を擁護してくれた。


 まつさんの姿が眩しい。ヤバい格好いいよまつさん!


「お主は姫様の言う事には反対せんじゃろう。話にならん」


 うん、そうね。


 平手のじい様の言う通りだと思う。

 まつさんは市姫ラブな人だからね!


「平手様。私はこの者と話をしましたがこの者は根は善人だと思われます」


「なぜ、そう思う?」


「私の話を嫌な顔せず、ずっと聞いてくれたのです!」


「なんと!」


 平手のじい様が腰を上げて驚く。


 そんなビックリすることかね?


 たしかにずっと聞いていたよ。


 やることなかったし、それにまつさん可愛いし。


「まつの話を、ずっと聞いていたのか?」


 あっ、初めて若い侍が顔色を変えてしかも声を出した。


「それ見ろ、じい。私の見立てに狂いはない」


 市姫が胸を張る。


 たいへんけっこうなお点前です、市姫。


「ぐ、ぐぐぐ」


 平手のじい様の顔が歪む。


 とても悔しそうだ。


 そして、話はそのまま進み。


 私は、市姫の小者に抜擢された。


 その場を後にした時、平手のじい様から舌打ちされた。


 大層な嫌われようだ。ちょっとへこむ。


 若い侍からも挨拶された。


「私は『池田いけだ 勝三郎かつさぶろう 恒興つねおき』これからよろしく頼む藤吉」


 なんて清々しい挨拶だ。


 好感度うなぎ登りだよ。


「ありがとうございます。池田様」


「私の事は勝三郎と呼んでくれ。見れば同じ年頃と見えるしな。家中は上の者ばかりでな。それにそなたは姫様の近くに仕える。私とはよく顔を合わせる事になろう。困ったことが有ったら相談にのろう」


「あ、ありがとうございます。勝三郎様」


「勝三郎でいいと申すに。ではな」


 池田勝三郎が軽く頭を下げて去っていく。


 勝三郎、顔は三枚目に見えるが心は二枚目だ。


 頼りになるな。


 しかし、同じ年頃?


 勝三郎は二十歳ぐらいに見えた。


 私は三十路過ぎだ。


 そんなに私は若く見えるのか?


 ちょっと嬉しいな。


 こうして私は織田家に市姫に仕えることになった。




 そして、その後私は私自身の変化を知ることになる。

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