第3章「守る空」
第7話「スカイナイト」
《スカイギャラクシーエネルギーの臨界を確認。フェイズ2へ移行します》
無感情の抑揚のない機械音声がコックピットに響く。
モニターに表示されているスカイナイトの外観。その一部装甲が、隣接する装甲の真上にスライドし、機体の全高が拡張されていく。
スライドした装甲から内部フレームが露出して、線状の火が激しく放出され始めた。
それはフェイズ1で機体内部に蓄えられたスカイギャラクシーエネルギーのあり余る力であり、内部で燻ったエネルギーが火として形作られているのだとか。
スカイナイトに搭乗した俺がフェイズ2を発動させるのは、これで二回目らしい。1回目は興奮状態だったり、コックピットから外観を知る術がなかったので、発動したと言われても実感としては曖昧だ。
フェイズ2が完璧に発動したことを見届けてから、スカイナイトを念じて動かすと、モニターが左右に揺れ動く。まるで、本当に動かしているかのような手応え。
「……ふう」
しばらくしてから一息ついて、縦横無尽に動かしていたスカイナイトを静止させる。
天を見上げれば、曇りひとつない澄み渡った青い空が広がっている。
大地に目を向ければ豊かな草原が広がって、生き物が暮らしている姿を見ることができる。
生き物が列を為して群れている姿なんて、見たことすらない。
「すごいもんだ」
スカイナイトを自由に動かせるこの空間は仮想空間と呼ばれるもので、スカイナイトの訓練のためにあるのだとか。
スカイナイトを訓練として実際に動かすと、膨大なスカイギャラクシーエネルギーが発生してしまう。そうなると地球の壁に張り付いている
「ふふん、すごいでしょう」
コックピットの右上にある小型モニターの奥で、コーヒー片手に優雅に香りを嗅いでいた調が満足げに言った。
調の幼げ容姿だと、子供が無理に大人っぽくしているように見えて、微笑ましくなる。たぶん口にしたら怒るので思うだけにする。
「文明を失う前の人類はこんなこともできたんだよな」
コックピットの正面モニターから見た空間は、本物と見紛うほどに精巧だ。手を伸ばせば、届いてしまうのではないかと思うほどに。
「すべてが終われば、きっとこれもお遊びとして日常の技術になりますよ」
「その日のために、頑張らないとな」
言って、左上のモニターに表示されているスカイナイトの外観を眺めるうちに、疑問が湧いてくる。
「スカイナイトにはフェイズ2ってのがあるみたいだけど、発動する条件はあるのか?」
調はコーヒーを飲んで眉をあげながら苦味に口をへの字にしたのち、誤魔化すようにコーヒーを置いて、口元を隠すために手を組むと、真剣な眼差しになった。
「スカイギャラクシーエネルギーの内部貯蔵量が一定値を超えると発動される仕組みです。線状の火が内部フレームから吹き出しているのがわかりますか?」
「バーナーみたいに吹き出してるのは見える」
大丈夫なのか、これ。とちょっと不安になってしまうくらいには出てる。
調は長い話になると思ったのか、手を解いて背もたれに体を預けた。
俺も操縦桿を離して、コックピットシートに体を沈ませる。
「スカイギャラクシーエネルギーは端的に言うと前に進む力ですので、そこにあるだけで外側に向かう指向性というものが存在します」
調は空中でまん丸を描くように手を動かした。
「風船を想像してみてください。空気を入れるとどうなるか知っていますか?」
「そりゃ、膨らむ……んだろ? 風船ってほとんど見たことないけどさ」
昔、風船は1回だけ触ったことがある。風船そのものは年月で劣化したのか、膨らまそうとしたら簡単に割れてしまったのだけど。
物体を膨らませる娯楽もあるんだなぁ、と思ったものだ。
「そう。風船は膨らみますが、膨らませ続けると内部の負荷に耐えられなくなった風船は、破裂してしまいます。スカイナイトが風船で、空気がスカイギャラクシーエネルギーだとした場合、風船として器を満たされたスカイナイトは、供給され続けるスカイギャラクシーエネルギーの指向性にいずれ内部が耐えきれなくなり、内側からボンっです」
調はぐっと拳を握り、破裂した真似をするように上向きに勢いよく開けた。無慈悲に行われる動作に、恐怖を覚える。
「ゾッとする話だな……」
取り扱いを誤れば爆発するほど危険なものなのか、スカイナイトを動かしている力は。
調の話を聞いたあとだと、疑問が湧く。スカイギャラクシーエネルギーが生命のエネルギーだと言っていたはずだ。なら、それは俺たちにもあって……人間は器のはず。
スカイナイトと同じように器が満たされてしまえば、人間も爆発してしまうのだろうか?
調に聞いてみると。
「スカイギャラクシーエネルギーの指向性というのが、外側に向かう力だと言うのが一番の問題でして。ほら、よく言うでしょう? 人はそこにいるいるだけでエネルギーを発していると。人や動物は常に体外へ効率よくエネルギーを放出する仕組みがあるので、問題ないんです。ですが、機械のスカイナイトは勝手が違う」
調がキーボードをタンっと押すと、正面モニターにスカイナイトの内部構造を図式化したものが現れる。
これを見ろということらしい。細部を見てもどんな機構をしているだとかは、知識がないのでまったくわからないが。
腹部のSGEと書かれた部分が点滅して、内部から外側に八方の矢印でスカイギャラクシーエネルギーが放出されているのがわかる。
「スカイナイトは常に搭乗者から得たスカイギャラクシーエネルギーを貯蔵し、放出していますが、人のやる気と言いますか、でスカイギャラクシーエネルギーの生成量が上がると、どうしても放出量と貯蔵量を超えてしまうんです」
「それが続くと、風船みたいにボンってわけか」
「その通り。で、それを解決したのがスカイナイトのフェイズ2というわけです。密閉されていた装甲を一部展開することによって、内部フレームからスカイギャラクシーエネルギーを強制的に放出しているんです」
「装甲を展開させるのにはそんな意味があったんだな。なんだか脆くなりそうなもんだけど」
「もちろん。脆くなりますよ?」
当たり前じゃないですか、と言われているようだった。どうやら見た目通りに脆くなるらしい。
内部フレームに直撃でもしたら、1発で爆発するのかも。
「その代わりと言ってはなんですが、各所から噴き出させた、あり余るスカイギャラクシーエネルギーを推力に変換しているので、速度と戦闘能力は飛躍的に向上しています。吹き出るスカイギャラクシーエネルギーは、多少ですが装甲の役目を果たしてくれているので」
そこで調は、ふいっと真横を向いた。
「一発くらいなら大丈夫ですよ」
「なんだか怪しいんだが……顔逸らさないで?」
「私が作ったスカイナイトですよ。大丈夫です。太鼓判を押しましょう」
驚けるように言うが、そんな仕草をされても実のところ不安はあまりなかった。
なんとなく大丈夫だと思ってしまうのは、調の雰囲気によるものか。
「ところでですね、スカイナイトにはさらなる秘密が──」
調が意気揚々と話そうとしているところに、新たなスカイナイトが弧を描きながら陽炎のように現れる。
騎士を思わせる装甲の形状などはスカイナイト二号機-レーヴァテイン-と同型のようだが、機体配色に大きな違いがあった。
全体色を青として、各所に白のラインが入っている。晴天の空を思わせる、清涼感漂うスカイナイトだ。
スカイナイト二号機-レーヴァテイン-とは、対を為すように作られたのだろうか。
「そうなると調さん長いから、注意したほうがいいよー」
コックピットの小型モニターに、空の半笑いの顔が映る。
どうやら空もこの空間に入ってきたようだ。
「なにを言っているんですか、空さん。私は必要なことを解説しているだけですよ?」
「だって毎回言ってるじゃないですかー」
「覚えていて欲しいからですよ。ところで空ちゃんはお疲れでは? 出撃から戻ってきたっばかりなんですから休んでてもいいんですよ」
「大丈夫ですよ! 感覚のあるうちに取り戻しておきたいんです」
と会話をしつつ、空のスカイナイトが自由に駆け回る。
その姿を見て、思う。蝶のようだ……と昔は言ったんだっけか。
蝶ってのは、美しい紋様の羽を持つ虫らしい。空のスカイナイトの動きは、優雅に空中を舞っていただろう蝶を連想させる。
空の操るスカイナイトはひとつひとつの動作移行が自然で、乗り始めたばかりの俺とは雲泥の差があった。淀みなく見惚れるほどに、空中を綺麗に飛ぶ。
あんな飛び方もあるんだな。
見ればみるほど、惹きつけられるものがあった。
「空は、空が好きなのか?」
「んん! ダジャレですか!? いいですよ! 私もやりましょうか?!」
スカイナイトのことを話していた間は真剣な眼差しを浮かべていた調は、意気揚々と瞳を輝かせて、軽快に身を乗り出した。
あまりに勢いがよかったのか、手元に置いたコーヒーが派手に飛び散っている。
そんな勢いがつくほどやりたいのか、ダジャレ。
「ちょっと調さん!? 機械に──服にもついとる!」
「軍坊はちょっと黙ってて! 大地さんがせっかくみんなに溶け込もうと披露したダジャレですよ!」
「そんなつもりはないんだが!?」
素直に聞いてみただけなのに、ひどい誤解である。もう少し考えてから口にするべきだったか。
「ほら落ちなくなるから、着替え取りにいくぞ!」
「えーって軍坊、力強いー!」
調は、ああぁぁ〜……と声を萎ませつつ、おやっさんに引かれながらモニターから消えていく。
空はそれをしばらく眺めてから、言った。
「あ、あはは。大地くん、いまのダジャレだったの?」
「違うからな!? 空を飛ぶスカイナイトの綺麗さから、空が好きなんだろうなってのが伝わってきたように思えた」
「んっんー、そ、そうなんだ……」
「どうしたんだ?」
空は照れでもするように、頬をかきながら気恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
なにかおかしなことでも言っただろうか。
「真剣な顔して綺麗とか言うからさ……少し照れただけっ!」
「感じたことを口にしただけなんだけどなぁ」
まったくと言っていいほど他意はない。
「わ、わかったから、あんまり言わないで。もっと照れちゃうよ」
そう思ったんだから仕方ないだろうに。
それからしばらく、空の少し得意げになった飛行を眺めて、訓練は終了になった。
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