ふわふわ不和
あるくくるま
第1話
夜一時。
僕という人間を構成する要素に眩暈のするような不純物が排水溝の水垢のように溜まった。
掻き毟っても掻き毟ってもそれらを絞り出すための新しい穴は肉体には顕れない。
眼球をやすりで擦ったのか?部屋の常夜灯が不快に問い掛ける。
部屋の何を手に取っても信頼には及ばない。
冷凍した死肉と冬のドアノブはよく似ている。
握りつぶせたならどんなに幸せか。捻ることしか叶わない。
チェーンソーで殺された木が四角くおめかしした後に僕を笑う。
俺の背中が見たいのか?僕はこいつにドアノブを刺し返す。
肉塊のワルツは滑稽で、昼は僕の肉達の力を吸い取る。
夜はいい。疲れた肉塊はざまあミロ。夜に勝てやしない。
愉悦の行進に僕の肉達は手をたたいて喜んだ。
地面は僕らに復讐を企てている。許さない、許されない。
冷たい風は首元に絡まって離れない。
歩く、歩く。
ここは公園?
小さな肉塊の夢の国。僕にとっては村八分の夢。
明るい予感を身体に塗りたくって大きくなった泥人形は、目の前の故郷が憎い。
ベンチに人影、人の影。一つだけ誰かが忘れたに違いない。届けるまでがルール。
「どうしたのですか?」
僕が目の前まで行くとそんな音がした。
「何か用ですか?」
その音はさっきのよりまた一歩僕に侵入を試みる。
「散歩ですか?」
喉の使い方を忘れていた。少し嬉しくなった。掻き毟りたい。
「どうしてここまで来たのですか?」
よく音の鳴る肉塊。まだ侵入?
「あなたは何をしているのですか?」
この肉塊を静かにする喉の使い方は脳みその皺に挟まってなかった。
そうだ、僕の背中に代わりになってもらおう。
「帰るのですか?」
歩く、歩く。
復讐を企てていた地面は機嫌を直した。
僕が肉塊に襲われているのが滑稽だ、と言う。
「寒いので手を繋いでしまいますね」
肉塊は僕の中に侵入する。助けてくれないか?……助けてくれないか。
さっきまで首に巻き付けておいた冷たい風は僕を見捨てて生ぬるくなる。
歩く、歩く。
「ここがあなたの家ですね?入ります」
死肉の冷たさを忘れ、ドアノブは僕の不幸に高揚する。
四角いおめかしは剥げ落ち、まあるく笑う木の死体。
部屋の小物は僕を信頼していない。
「さあ、脱いで下さい。あなたの仕事です」
さようなら、さようなら。
僕は僕の肉達に別れという名の勝利宣言をする。
さようなら。
生暖かい何かに包まれた僕は正気を取り戻す。
僕は人間だったんだな。
ふわふわ不和 あるくくるま @walkingcar
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