ハーモニー

えびチーズ

第1話


 春。

 爽やかで暖かいそよ風がたんぽぽの綿毛を運び、皆が思いを馳せて新しい一年にワクワクするであろう、そんな季節。

 それにちなんで、新しく変わろうと決意する人もいれば、いつも通りを貫く人、そもそもそんなの気にしない、という人もいるだろう。


 しかし、新生活に思いを馳せながら新しく変わろうとしても、さほど変われない人もいる。

 その中の一人が、俺だった。

 小学生から中学生になる今日でさえも、俺の『普通』は変わらないままだった。


◆◆◆


 目覚まし時計が、これでもかという程、部屋中に鳴り響く。

 カーテンから灯る仄かな日差しからは、誰しもが経験する『これから学校や仕事がある嫌な朝』を思わせる。

 しかし、今日はいつもと違うところがある。

 そう、だって、今日から──


 俺は中学生になるのだから。


 カーテンを開けて伸びをしていると、妹の千尋ちひろが焦った様子で、思い切り俺の部屋の扉を開いた。

「お兄ちゃん! 今日から中学生になるんでしょ! 間違えて小学校に来たら追い返すからね!」

「行かないから! 余計なお世話だ!」



 部屋の扉を開け、目を擦りながら玄関に繋がる階段を下り、居間へと向かっていく俺、赤原あかはら洸斗こうとは、今日から中学生になる普通の男である。

 そう、『普通』の男、である。

 勉強も普通、体育も普通の普通づくし。

 しかし、そんな普通だらけの俺にも、唯一、普通でないことがある。

 それは───


「うわっ、とと。この石ころ……。ねえ、お兄ちゃん。正直、あの話信じてる?」

「いやぁ、まぁ五分五分かな……」


 千尋は、居間に繋がる玄関で、危うく踏みそうになった小さな石ころに訝しげな視線を送った。

 ──実は、俺の先祖は昔、神様と結婚したらしいのだ。

 にわかには信じ難いのだが、結婚したものは結婚した、とのこと。

 結婚した年は、現在から軽く千年は前で、当時の人達はみな、その神様を敬愛していたんだとか。

 そしてその証拠がこの石ころで、何でも『神様がくれた大切な物』とのこと。

 ……ただの石ころにしか見えない。


 そして、仮に神様の血を引いていたとしても、子、孫になっていくにつれて神様の血は微弱になっていくらしく、千年も前ではほとんど意味が無いらしい。

 つまり、今の俺と千尋の代では、全くと言っていいほど神様の血は引いていない、ということだ。


 そんな話をつい一、二ヶ月前に両親から言われたものだから、そんな非現実的な話、急には信じられるわけがない。

 しかし、『普通』が退屈で嫌な俺にとって、そういう『特別』な力が自分の中にあるかもしれないというのは、とても魅力的でもあった。

 何しろ、自分にはこれといった特技をもちあわせていないのだから。

「これでよし、と。さ、早く行こお兄ちゃん」

 石ころを元の祀られている場所へと戻して、千尋は居間の扉を開けた。


◆◆◆


 あれから約十分後。

 身だしなみを整え、新品のバッグを提げ、「行ってきまーす」と大声で伝える。

 そうして玄関を開けると、太陽の光が自分の体を照らしてくれていた。

 その眩い朝日に少し微笑むと、


「おはよう、洸くん!」

「おっす、コート!」


 二人の男女が笑顔で手を挙げ、こちらに挨拶を交わしてきた。

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