報告ログNo.1 十三階段

No.1-1




『十三階段』───ある学校で他は段数が10段なのに対し、一ヶ所だけ12段の階段がある。その12段の階段を深夜に数えると、数えているうちに一段増えている。

 もし13段を上りきってしまったのならば、違う場所に行って帰ってこられないらしい。



【報告書ログNo. 1 十三怪談】





 一人の少年は満開の桜が咲き誇る道を、幾分か疲労した足取りで歩いていた。


 彼の名前は倉敷矢竹くらしきやたけ

真新しい学ランを規則通りにきちんと着込み、短い黒髪にもほぼ手を加えていない真面目な印象を受ける少年。多少悪い言い方をすれば、何も特筆することもない普遍的な男子高生だった。

 矢竹は母方の家から近い、という理由で転校先を選んだことを初日の登校時から早くも後悔していた。事前に最寄り駅からちょっと遠いと聞いてはいた。それが実際はどうだ。

矢竹を現在進行形で苦しめる…………絶壁の坂道。

 アニメの作画崩壊のごとく道路が垂直に見える。目視出来る一番上なんて遥か彼方に感じる。矢竹は高校二年生になったばかりなので、これからあと二年間はこの坂と関わらなければならないと思うと、かなり暗鬱とした気持ちになった。

 駅から徒歩15分なんて嘘っぱちだ、実際測ったことなんか絶対無いだろと矢竹は憤る。憤ったが、出来ることなど学校のホームページの作成者に内心で悪態をつきつつ結局その坂道を上る他ないのだった。

 アスファルトの硬い急勾配と地味に滑る桜の花びらの絨毯、肩に負った重い荷物が矢竹の足に着々と疲労を与え続ける。今がまだ四月で夏より気温も低めなこと、日差しが強くないことが救いだ。

 そんな地獄の坂道を気が遠くなりながらやっとの思いで超えていく。すると急に今まで道しか見えてなかった視界が拓け、突然目の前へ現れたかのように目的の建物が見えた。圧倒されて思わず足が止まる。


 公立樹ノ内きのうち高等学校。矢竹のこれから通うことになる高校だ。


 合併して大きくなった樹ノ内市の郊外のさらに端、山の近くの高台に建つという辺鄙な立地。しかし有名な現代建築家が設計したという円柱の校舎はとても大きく、さながら天へと伸びる白亜の塔のように矢竹は感じた。第一印象としては学校というよりも教会や城を思わせ、真っ白な外壁はまだ目立った汚れも無く見るからに建ててから日が浅い。その田舎に不釣り合いなほどの立派さとようやく辿り着いた安堵から、矢竹は腹の底から深く息をついた。

 人心地ついた後、駐車場沿いの道を正面玄関へと向かって歩き進める。

 すると視界の端に違和感を感じた。

 何かと思い目を凝らして見れば綺麗な校舎の裏手、桜の木々に隠れるようにして建物が立っていることに気がついた。


 暗く大きな木造建築物。


 物理的に影になっているというだけではなく、建物の雰囲気がなんとなく暗い。そこだけ色彩が沈み、周囲の光を飲み込み、空気が淀んでいる。埃と錆とカビが混ざり合った、古くさく湿った過去の臭いがする。

 四角錐の屋根が特徴的な時計塔に、直方体の箱を左右からくっつけたような簡素な構造。建築年数は検討もつかないが相当に古いことだけは確かで、現在いる通学路からでも至るところに綻びが見て取れた。

 何故だか矢竹は、それをもっとよく見てみたくなって吸い寄せられるように近付いていった。

 長年風雨を受けただろう屋根や壁は端々から少し崩れてきている。窓のガラスはくすんでいて中の様子が滲んでぼんやりとしか見えない。出入口の扉付近で転がっている板に『校長室』と書かれているのが掠れてても辛うじて読める。

 それらを総じて旧校舎なのかな、と矢竹は予想を立てた。

 綺麗な新校舎とぼろぼろな旧校舎。

 対比すると老朽化が問題視されて新しく校舎を建てたのだろうと思える。

 しかし、同じ場所に建て替えた方が土地代とかが安く済むのではないか? 不審者が住み着いたりだとか、潜り込んだ生徒が崩落事故などを起こしたりして安全面で問題はないのだろうか?

 矢竹の脳裏には続々と疑問が湧いた。


 何故取り壊さなかった?

 いや、何故今も取り壊さない?


 少しの間矢竹はあれこれ考えた。だがいまいちピンと来る結論が見つからず、多分重要文化財とかなんかだろと考えることを放棄した。

 そして本来の目的である新校舎へ向かおうと踵を返した。そのとき、




 ───────────、 と。

 背後から視線を感じた。




「ッ!?」

 反射的にバッと振り返る。

 旧校舎が立っている。


 窓には、誰もいない。


 しかし矢竹は間違いなくその方向から視線を感じた。生暖かい舌が背筋を這い回るようなぞわぞわとした、いくつもの視線だと感じた。

 一人二人どころではない、十を軽く超える大勢の視線だと。


 それらが、全てが矢竹を見ていた。


 光景を客観的に想像するだに気持ちが悪い

。見られたときに広がった鳥肌がまだ腕に残っている。

 感覚を証明出来るものなど何処にも無いが、あの視線は夢や気のせいなどではないという確信が、何故だか矢竹にはあった。


 だが。

 ふとその思考の先に、思い至ってしまった。

 果たして複数の人間が一斉に矢竹を見て、再び一斉に隠れるなどという芸当が出来るのだろうか、と。



 いや、そもそも………………あの視線は、人間のものだったのだろうか?



 誰もいない旧校舎を見る。

 何も動くものは無く、ただ桜の花びらが散る雨のような音が静かに響いていた。


「…………………………………」


 説明しようがない現象と、一抹の不安。

 きっと誰かに訴えかけても簡単には信じてくれないだろう。

 矢竹は制服の胸元辺りを片手でぎゅっと握りしめ、先ほど起こったことを記憶の片隅へと抑え込んだ。




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