愛など残る

@nipper

Paul Jacksonと田中夜未


ポーは体育祭を抜けた。


先生を振り払い、ロッカーに体操服をぶちこみ、学校から駅までかける。


彼は、内陸から半島の先まで走る電車に乗った。車窓に潮を被った木々が流れてゆく。

到着駅は少し高地にあって、彼は階段を下り、自転車置き場のトンネルをくぐった。車通りの多い道を越えて、海が見えてくる。

防波堤に背中を預け弁当を食べていると、かもめがウィンナーを狙ってぐいぃっと頭上を飛び交う。埠頭を船が出ていき、彼は長い間、眺めていた。


ケースからギターを取り出して、彼は旋律を弾いた。

思い込みにすぎないのだが、世界に自分が独りきりのような気がしていた。

「ポー。」少年が立っていた。

「ヨミか。」ポーは目を丸くした。尻を少し横にずらし、砂を掻いて夜未のために席を作った。

「急にぬけだすからびっくりしてついて来ちゃったよ。……ギター弾いてんだ?」

「俺、ギター弾けないんだ。」

「弾けないのかよ!」

「上手くはね。俺、金属アレルギーなんだ。だけど、音楽すきで。ギター弾きたい。」

「俺も音楽すきだ。音楽にせよ、なんにせよ、愛を伝えられる何かがしたいな。」

ポーはまさかこの海に友だちと来ることになるとは思ってもみなかった。世界に溢れる奇跡を見落とすな。



「そもそもが、何年も毎日毎日同じ場所に通って、同じメンバーと顔を合わせて、決まり切った面子で祭りをやるなんてことがおかしいんだ!」言い終わるとポーはチューハイ缶を飲み干して、トレヴィの泉にコインを投げ入れるように、後ろに放り投げた。

「わかるよ。」

「だけど母さんの手前、学校通わなきゃな。」ポーは足元の砂を掌で掻き集めてから、前に投げた。

「俺の父さんは死んだんだ。」


さざ波が聴こえる。


「目の前で轢かれた。鮮明に思い出せるよ。必死で近寄って揺さぶったけど、もう動かなかった。さっきまで会話してたのにな。」彼は固唾を飲んで話を聞いていた。

「父さんは音楽がすきでさ。職業はお笑い芸人をやってたんだけどな。おもしろいだろ? 俺にピアノを教えてくれたんだ。『ピアノ弾けると皆んな喜ぶぞ。』ってね。嬉しかったな。よく覚えてるよ。」

「⋯⋯大変だったな。俺も父さんはいない。うちは離婚だけど。気持ちはわかるよ。」


二人が初めて出逢ったのは中学の入学式だった。ポーはハーフで、本名はポールといい、そのことが新入生の間で話題になっていた。そばかすが目立つくらい色白だったので、夜未は、ポーが英語を操ると思って”Hi.”と話しかけたのであるが、彼の第一声は

「どないやねん。」であった。


ポールというのは呼びにくいので、夜未は彼のことをポーと呼んでいた。


彼らの遊びの中でも取分けヒットだったのは、ガムをちょろまかすことだった。教師の部屋に押し入って、ポーが先生と話し込んで気をそらしているうちに、夜未がチューインガムをくすねるのだ。部屋を飛び出たあと笑い転げた。こんなこともあった。切符を破るのである。電車の切符というのは、半分に裂けるようにできている。表面と茶色の裏面は、分離可能で、ポーは夜未に裂いてから指でつまんで見せて、それを改札に通し悠々と進んで行った。


「ポー、お前さ、あれやったことあるか?」

「あれってなに?」

「俺ね、小学校のころは、人を思わず笑かすのが好きだったんだよ。」

「俺も俺も。」

「給食の時間にね、向かいの席でミルク飲んでる女の子がいるでしょう。彼女が飲み物を口に含んだ瞬間に、笑わせにかかるのさ。」

「おもろいな。」

「その娘、堪え切れなくて牛乳戻しちゃって。」

「かわいそうだけど、そういうのやりたくなるよな。」

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