第117話 突破を許す
魏延は河北軍本営に戻ると諸将を集めた。
そこで龐統宛に司馬昭から書状が届けられ、その中身が戦書であった事を伝えた。
「晋軍は濮陽からの脱出を画策しているようだ。その際に晋軍が突破する為に狙ってくるのが我々河北軍だ。」
「一度痛い目に遭っているのにか?」
「張郃将軍、それが晋軍の狙いなのです。」
魏延の話に違和感を感じた張郃が疑問を呈した。
馬謖がそれに答えたが、理解する者も居れば理由が分からず首を捻る者も居た。
「我々が一度返り討ちにした事でこちらには来ないと思い込んでいるのを利用するわけだな。」
徐晃が首を捻る者たちに対して理由を説明した。
「それなら守りを固めなければならないな。」
張郃は常識通りの意見を言った。
敵の狙いが河北軍ならば守りを固めて再び返り討ちにするのが一般的な考えである。
実際に張郃もそのように考えていた。
「いや、普段どおりで構わないというより普段通りにしなければ拙いのだ。」
「どういう事だ?」
魏延がおかしな事を言っているように聞こえた張郃は思わず聞き返した。
「今から話す事を聞けば納得出来るはずだ。」
魏延は龐統から出された命令の詳細を説明した。
「流石は鳳雛と呼ばれるだけある。私など足元にも及ばない。」
徐晃は魏延の話を聞き終わった直後、恐ろしさのあまり冷や汗をかいた。
徐晃は智勇兼備の名将として知られており、前世では荊州において関羽を敗走させた程である。
その徐晃が恐ろしいと公言するくらいの策を龐統は考えていた。
「諸将は先程の説明通りに動いてくれ。」
「はっ。」
魏延の説明が終わる諸将は各自の陣に戻り敵襲に備えたが、兵士に対しては普段通りに動くようにだけ命じていた。
◇◇◇◇◇
晋軍は戦書を送ってから鳴りを潜めていたが突如北門を開いて河北軍めがけて殺到した。
戦書では正面切って激突する内容だったが兵力の差を見せつけられた司馬昭はホラ吹きと謗られようが再び奇策を用いるしか手段は残されていなかった。
「敵襲!」
河北軍本営に晋軍襲来をつげる兵士の怒号が聞こえた。
再度奇襲を受けた河北軍は混乱に陥らなかったものの戸惑う兵士が少なくなかった。
しかし龐統の策を知らされていた将軍たちが冷静に対処したので兵士も指示に従い応戦を始めた。
「敵の進路を無理に塞がなくて良い。数を減らす事に集中しろ!」
兵力差があるので包囲しつつ援軍を待つと思っていた兵士たちは予想外の命令に戸惑いつつ晋軍に襲い掛かった。
◇◇◇◇◇
最初から包囲する気が無かった河北軍は晋軍の勢いを弱める事が出来ず包囲網を破られつつあった。
「このままでは突破されてしまいます。」
伝令役の兵士が慌てた様子で本営近くに留まる魏延に報告した。
「手を緩めて構わん。これ以上続けたところで被害が大きくなるだけだ。」
「よ、良いのですか?」
魏延の指示に驚いた兵士は思わず聞き直した。
兵士を見た魏延は馬から降りて兵士に近寄った。
「攻撃を緩めて敵軍に突破させろ。」
「は、はい。」
魏延は兵士の肩に手を置き、念を押すようにして再び命令を伝えた。
しばらくすると晋軍は河北軍を突破したので戦闘も程なく終わり、諸将は魏延の居る本営に集結した。
「敵の数は?」
「ある程度削れたと思いますが、真正面からぶつかるのは難しいかと。」
馬謖が部隊を率いる将軍たちから報告を聞いて自軍と敵軍の兵力損失数を伝えた。
馬謖の中で司馬昭の力量を考えるとお互い全力でぶつかれば数の力で押し込まれるかもしれないという懸念はあった。
そうなった場合の事を想定しつつ魏延の言葉を待った。
「それで構わない。この後は別働隊に任せて結果を待つ。」
「追撃しないのか?」
馬謖は追撃を行うなら兵力差を考え、負けない戦に持ち込むしかないという結論に達していた。
しかしそれが原因となり蜀呉連合軍が作っている連戦連勝の流れを断ち切る事も危惧していたので魏延の言葉に安堵した。
一方で張郃は追撃して敵の動きを後方から牽制するものと思っていたので魏延の言葉は意外だった。
「軍師からは敵襲をやり過ごした後は城外にて待機、濮陽の監視に務めるようにと言われている。」
「勿体ないような気がしないでもないが…。」
「城内に居る残存兵力も気になる。軍師殿もそれらを踏まえて河北軍をこの地に残されたと思う。」
張郃は魏延に反論する気は毛頭無かったが今の勢いなら敵の牽制くらい難なく出来ると思っていた。
張郃の様子を見ていた徐晃が話を纏めるように自身の推測を述べた。
徐晃の話を聞いて張郃も成程と頷いて追撃案を取り下げた。
「それでは本営を城に近い場所に移動させる。次の命令があるまで城内の監視をしつつ休息を順次取ってくれ。」
軍議の後、河北軍は本営を濮陽城から極近い場所に移して監視体制を強めた。
魏延の北伐行はこの時点を以て事実上終焉を迎える事になった。
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