第116話 戦書

魏延は龐統に呼ばれて荊州軍本営を訪ねていた。

内容自体は大したものではなかったので早々に終わらせて自陣に帰ろうとしていた。


「晋の使者を名乗る者が参りました。いかが致しますか?」


魏延が龐統に挨拶を済ませた直後、巡回兵が来客を知らせてきた。


「会うからこちらに案内していいよ。魏延には悪いけど同席してもらおうかね。」

「承知致しました。念の為帯剣させて頂きます。」

「構わないよ。敵さんもお前さんが無礼だと言えないだろうね。」


龐統から頼まれたので魏延は同席する事にした。

敵軍の使者に会う事から用心の為に帯剣したままその場に留まった。


「先生、うちの大将からの預かり物を届けに来たぞ。」


待っている間に張飛が不意に現れた。

法正から龐統宛の言付けを預かったので人に任せず自ら届けに来た。


「張飛将軍、良い所に。」

「魏延じゃねえか、どうした?」


張飛は魏延が居たので理由を尋ねてきた。

魏延から事情を聞いた張飛は俺も同席すると言ってその場に留まった。


◇◇◇◇◇


「太子司馬昭より書状を預かっております。お受け取りください。」


使者が差し出した書状を魏延が受け取り龐統に手渡した。

使者の素性は司馬昭に仕える一文官だったので龐統を害するような事は出来ない人物だった。

しかし龐統の近くに立つ二人は澄ました顔をしているが殺気を隠そうとせず使者を見続けていたので使者にしてみれば冷や汗が止まらない居心地の悪いものであった。

仮に司馬昭が抱えている暗部が使者を装って来たとしても手出しする事は不可能であった。


「太子殿に承知したと伝えて構わないよ。」


龐統は書状に一通り目を通すと直ぐに返答した。

張飛と魏延は龐統の目付きが鋭くなったので重大な事が書かれていると察した。


「それでは失礼致します。」


使者がその場を後にしたのを見届けてから龐統は二人に書状を見せた。


「魏延、長々と書かれているが結局何を言いたいんだ?」


張飛は書状に見を通したがまどろっこしい言い回しをしているので解読を諦めて魏延に渡した。


「これは戦書です。内容を纏めると三日後の夜明けに攻撃を始めると書かれています。」

「奴さん糧秣不足で根を上げたな。」


魏延から内容を聞いた張飛は昔と違い苛立つ事なく推測を語った。

それは的を射ており魏延も同意するように頷いていた。


「という事でみんなを集めようかね。」


龐統はそう言うと魏延から書状を受け取った。


◇◇◇◇◇


顔を揃えた四軍の関係者は司馬昭からの戦書を回覧した。

腹を立てて激昂する者は居らず、ようやく根を上げたかという意見が大半を占めた。

しかし見下すような意見を述べる者は一人も居らず逆に司馬昭が何か仕掛けてくるのではないかと懸念する者は少なくなかった。


「敵が何を考えているか分からないけど、この一戦で終わりにするよ。」


龐統の言葉に一同は大きく頷いた。

この一戦で長年に渡る戦乱を終結させ、漢王朝の再興を成し遂げるという思いで一致していた。


「魏延、お前さんに恥をかいてもらうよ。」

「恥をですか。某で良ければ構いませんが。」


唐突に恥をかけと言われて魏延は戸惑ったが、龐統の命令なので素直に従った。

前世の魏延なら周囲の目を気にせず激昂するか不平不満を吐いていたが、現世では味方が勝つならば幾らでも嫌な役目を引き受ける度量の大きさを持ち合わせていた。


「四軍の兵力を比べると数で劣るのはお前さん率いる河北軍だよ。」

「わざと負ければ良いのですか?」

「よく分かってるね。」


龐統は魏延の承諾を得ると決戦で用いる策の説明を行った。

異議を唱える者は一人もなく軍議は程なく終了して諸将は各軍に戻り決戦の時に備えた。


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