第102話 攻める司馬師、守る魏延

魏延は河北遠征軍の本隊を率いて北上を再開して晋陽まで残り数里という地点に辿り着いた。上党太守だった田豫から晋陽には司馬師が居るので注意するようにと指摘されていたので攻め急がず陣を構えた。


「晋陽から敵軍が出撃、こちらへ向かっております。」


「ようやく現れたか。」


「将軍、迎え撃ちますか?」


「いや守りに専念する。こちらが動かなければ奴等は何も出来ないだろう。」


「承知致しました。」


魏延は将兵に守りに専念するように指示を出すと馬に跨り一人だけ陣の外に出て晋軍を待ち構えた。


◇◇◇◇◇


晋軍は魏延の姿を視認すると動きを止めた。しばらくすると中から一人の将軍が姿を見せた。蜀軍の将兵はそれが誰なのか分からず首を捻ったり近くに居る者と推論を戦わせる者も居た。


「晋陽太守の司馬師殿だな。」


「その通りだ。」


魏延は前世で司馬師の顔を見ていたのでしっかり覚えていた。前世の事を思い出すだけで怒りが込み上げてくるが努めて平静を装った。一方の司馬師は蜀軍の快進撃に苛立っており黄河を渡河された事でその度合いも酷くなっていた。魏延とは異なり若いゆえに抑える事が出来ず表情に出ていた。


「貴殿の名は?」


「魏文長と申す。」


「我々の策を悉く潰したのが貴殿だと聞いている。」


司馬師は魏延の名を聞いて苛立ちが余計に募り冷静さを欠いてしまった。司馬懿や自身が考えた策を悉く潰した相手が目の前に居たからだ。逆に司馬師の様子を見て魏延の怒りは収まった。性格が前世とは異なる上に張任と戦った際に我を通す事が単なる蛮勇に過ぎない事を身をもって知ったからである。


「だとしたら?」


魏延は敢えて司馬師を見下すような態度を取った。司馬師の怒りが増して冷静さを欠けば欠くほど攻めも単調になると考えていた。


「ここで討ち取り後顧の憂いを断たせてもらう。」


司馬師は魏延の態度が自身を挑発するものだと自覚していたが怒りがそれを上回ってしまい後に引けなくなった。


「好きにすれば良いだろう。だがここで死ぬ気は無い事だけは言っておく。」


魏延は攻撃命令を出す事なく司馬師に背を向けて自陣に引き上げた。その姿を見た司馬師は無言で剣を抜いて蜀軍の方向へ振り下ろした。


◇◇◇◇◇


「守りに専念しろ!」


「動かなければ抜かれる心配は無い!」


「敵は我々を恐れて焦っているのだ!」


魏延は陣中を回りながら士気を鼓舞し続けた。時には自ら弓を放ち敵を倒しながらひたすら守りに専念していた。


「晋軍は攻めていますが勢いがありません。背後を魏軍に襲われる事を気にしているように見えます。」


「君の目にもそのように映るか。」


「はい。将軍の指示通り守りに専念すれば敵も辛抱しきれず引き上げると思われます。」


一隊を任され応戦していた姜維から司馬師は全力で攻めていないと指摘を受けた。姜維の読みは当たっており、魏軍の奇襲を恐れて晋陽に半数を置いて出撃した司馬師は蜀軍の守りが硬いので攻めきれず焦り始めていた。


「魏延の弱腰、出てこい!」


「我々に恐れをなしているのか?」


「守るだけでは城を落とせないぞ!」


晋軍は攻撃を続けながら蜀軍に罵詈雑言を浴びせて魏延を引っ張りだそうと試みたが相手にされず自軍の被害が少しずつだが増えてきた。


「将軍、敵軍の動きが!」


「急激に退いていくぞ。」


姜維から晋軍の様子がおかしい事を指摘された魏延が確認したところ、晋軍が慌てた様子で後方に下がっていくのが目に映った。


「追撃は認めない!」


「偽退の可能性もあるぞ!」


魏延は陣中を駆け足で回って出撃を認めない事を伝えた。晋軍の様子から良からぬ事態が起きている事が感覚的に伝わっていたが司馬師が相手なので魏延は勘より経験を優先して動かなかった。


◇◇◇◇◇


魏延は物見から報告を受けていた。


「やはり魏軍が動いたか。」


「晋陽城に接近した事を聞いた司馬師は一斉退却を命じたようです。」


魏延の勘は当たっており魏軍が晋陽城に近づいた事が退却の理由だった。


「賢明な判断だな。一息に引き上げて上手く挟撃を避けたな。」 


「流石は司馬師。機を見るに敏ですね。」


姜維が司馬師の動きに感心していた。敵将の行動も自身の知識として取り込もうとする姜維の姿を見て前世で諸葛亮が軍事面の後継者として育てただけあると納得していた。


「城攻めも慎重に進めなければならない。それには魏軍と接触する必要がある。」


「その通りです。中々難しいですね。」


「申し上げます。魏軍の使者を名乗る者が将軍にお会いしたいと。」


魏延と姜維が地図を見ながら案を考えようとしていた時に巡回兵が現れて来客を告げた。

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