第81話 因縁のある男
「やはり呉も様子見ですか。」
「陸遜と徐盛も司馬懿を警戒しているようだ。」
「聞いた話ですが、息子の司馬師と司馬昭は司馬懿以上に切れるようです。」
「厄介な一族が実権を握ってくれたものだ。」
韓玄が新野の状況確認を名目にして魏延の元を訪れていた。お互い知り得た情報のやり取りをしていたが蜀にとって良くない話ばかりで互いに顔を顰めていた。
「司馬懿は謀略にも長けております。」
「呉の荊州侵攻にも一枚噛んでいたと聞いている。となれば今度は蜀の内部に手を伸ばすかもしれんな。」
「そうならないよう警戒しなければなりません。」
韓玄は慶州が狙われるのではないかと考えていた。州牧と方面軍総大将を兼ねている劉封の力が強大である事から漬け込まれる可能性があると薄々感じていた。
劉封は劉備の甥である上に武芸にも秀でているので周りからの受けは良い。関羽や張飛を始めとする古参配下も劉封の事を劉備の後継者になるべき人物だと認めていた。劉備と孫尚香の間に阿斗が産まれたのでその声も聞こえなくなったが神輿として担ぐには最適の人物である。
劉封自身は権力欲がなく劉備の悲願である漢朝復活の手助けさえ出来れば良いと思っており現在の地位も劉備から預かりものだと理解していた。韓玄は劉封からその事を幾度となく聞いているので大丈夫だと思っているが成都に居る劉備がどのように考えているかが気になっていた。
◇◇◇◇◇
荊州各地の太守と交州刺史の劉巴が集まり司馬懿謀反について意見交換を行っていた。その最中に成都からの使者が到着したとの報せが入った。劉封は話し合いを中断して政庁に向かい、意見交換に参加していた者も全員劉封に続いた。
「あの男は…。」
魏延は政庁で待っていた使者の顔を見て不快感を露わにした。前世で散々辛酸を嘗めさせられた楊儀その人だったからである。
楊儀は第一次北伐の頃から諸葛亮の幕下に加わり、馬謖の死後は側近にまで成り上がった。典型的な文官だった事もあり武人である魏延とは全く合わず事ある毎に衝突を繰り返していた。初期の頃は趙雲や張苞、関興が間に立ち緩衝役になっていたが相次いで亡くなった後は対立が激化して諸葛亮も抑えるのに苦労していた。五丈原で諸葛亮が亡くなった際に司馬懿が諸葛亮の仕掛けた罠に嵌まり千載一遇の絶好機を得たにも関わらず撤退を命じたので魏延はそれに背き単騎司馬懿に突撃を行い壮絶な最期を遂げた。楊儀は帰国後に分不相応の地位(諸葛亮の後釜)を求めた為に劉禅の怒りを買い平民に落とされたの上で追放された。最後は失意の内に毒を煽って自ら命を絶った。
「魏延殿、顔色が良くないぞ。」
「考え事をしていたのだ。申し訳ない。」
劉巴に声を掛けられて我に返った魏延は劉巴に頭を下げた。劉巴は魏延が使者と何か因縁があるのではと思ったが聞けば互いに嫌な思いをすると考えたので何も言わなかった。
「丞相府従事の楊威公と申します。こちらが漢中王よりお預かりした書簡です。」
楊儀は劉封に書簡を手渡した。
「使者殿は内容について知っているのか?」
「全く存じておりません。」
楊儀は何も聞かされておらず諸葛亮から使者として荊州に向えとだけ指示されていた。事情を知らない楊儀は質問に対して素直に答えた。
「これは本当なのか?」
劉封は書簡を読み終えると龐統に渡した。手は震えており顔色が明らかに悪くなっているのをその場に居た者は見ていた。
「こんな事あり得ないよ。」
龐統は書簡を読み終えると関羽に渡したがおかしいという言葉を繰り返している。
「確かに馬鹿げている。私が成都に行って兄者の真意を問うて来る。」
関羽も龐統と同じく書簡の内容に納得行かない表情を見せた。関羽は公的の場で劉備を兄者と呼ばないようにしており時折守れない張飛に対して口煩く注意する程である。その関羽が兄者と口に出す位なので相当拙い事になっているのが誰の目から見ても明らかである。
『荊州牧劉封に謀反の疑い有り。州牧の地位を剥奪し成都にて謹慎を命じる。州牧の後継は関羽とする。』
書簡に書かれている内容を見て魏延は驚いた。全くあり得ない話で謀略を仕掛けられたとしか思えなかった。目が合った韓玄も恐らく謀略に違いないと言わんばかりに頷いた。
「その書簡には何と…。」
「自分の目で見た方が良いだろう。」
楊儀は場の空気が一変したのを全身で感じた。周囲から刺すような視線を浴びせられ中には怒気を含んだ目で睨みつける者も居る。劉巴から書簡を受け取った楊儀は最後まで読み終えたがその直後に気を失って卒倒した。
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