第80話 張郃の使者

新野に腰を据えた魏延は周辺地域で出没する魏軍残党の掃討を鮑隆と鄧芝に任せて自身は馬忠と共に治安維持と領民慰撫に務めた。関索は鮑隆と鄧芝に預けて軍政と軍令について学ばせていた。


新野は劉備が治めていた時に善政を行っていた事もあり比較的短期間で落ち着きを取り戻した。魏は喪に服しているのか宛に駐留している軍に動きはなく、魏延は良い機会だとして将兵の鍛錬を行い北伐再開に備えた。


◇◇◇◇◇


魏延は妻と娘を襄陽に残しており単身で新野に赴いている。鮑隆、鄧芝、馬忠の三人も同じ境遇なので政庁や兵舎で寝泊まりをして政軍談義を毎晩のように行っていた。関索もその中に入り、自身の糧にしようと四人の話に耳を傾けた。


「魏延将軍、城外を巡回している一隊が魏軍兵士を捕らえました。」


「よくやってくれた。その部隊には褒美を…。」


「その兵士が将軍に会わせて欲しいと言っておりまして指示を仰ぎたいのです。」


伝令兵の一言で場の空気が一変した。馬忠が伝令兵に対して詳細を知る者をこちらに寄越すよう命じた。鮑隆と鄧芝は非常呼集をする為に部屋を出て兵舎に向かった。関索は鮑隆から魏延を護衛するよう命じられてその場に残った。


魏延が指示を出すまでもなく自らの役目を心得た行動をする三人の姿を見た関索は鍛錬が足りないと今まで以上に励まなければならないと思い直した。魏延はその姿を見て関索が着実に成長していると感じていた。


◇◇◇◇◇


魏軍兵士を捕らえた部隊長から馬忠が聞き取りを行って大まかな状況が分かった。部隊が荊州軍勢力下北限に位置する集落付近の巡回をしている最中に行き倒れと思われる男を発見して保護した。集落に連れて帰り事情を聞いたところ、自分は魏軍兵士で訳あって魏延に会わなければならないと言った。本来なら捕えるべきところだが酷く衰弱していたので馬車に寝かせて新野まで運んで来たという。


「偽りでは無いと思います。」


「私もそう思う。会って話を聞こう。」


勘働きの良い馬忠の進言もあり魏延は魏軍兵士から話を聞く事にした。関索にも同席するよう命じて三人は兵舎に向かった。


◇◇◇◇◇


「私が蜀の魏延だ。話があると聞いている。」


魏延は起き上がろうとした魏軍兵士を制して寝たままで話をするようにと言った。


「私は張郃将軍配下の者です。」


兵士は張郃の配下で長年部隊長を務めており、張郃から信頼されていて重要任務を任される立場にあったという。


◇◇◇◇◇


張郃は司馬懿からの命令で河北に向かい襄平で反旗を翻した公孫淵と対峙した。張郃は平原に拠点を構えて持久戦に持ち込んだ。張郃の実力からすれば公孫淵は難なく打ち破る事が出来る相手である。しかし司馬懿から南下を食い止めるだけで構わないと指示されていた事もあり迎撃のみに留めていた。


ある晩、公孫淵が夜襲を仕掛けてきたので迎撃の為に出撃した。張郃が公孫淵の軍勢と戦い始めてしばらく経った時、自陣に残していた兵士が傷だらけで現れて背後から奇襲を受けて大混乱になっていると報告を受けた。張郃が自陣に戻ると晋の旗印を掲げた軍勢に襲われており、その軍勢を率いていたのが司馬懿の嫡男である司馬師だった。


張郃は許昌で異変があったと察して自軍に撤退命令を出して平原を目指した。しかし平原は司馬師に占領されており晋の旗印が掲げられていた。このままでは再度挟撃されて全滅する可能性があると考えた張郃は軍を解散して各自身寄りのある場所へ帰るよう命じた。


張郃自身は帰る宛のない者等を率いて晋陽方面の山岳地帯に向かった。部隊長だけはこの件を魏延に伝えるよう命じられて一人荊州を目指して南下した。何度か晋軍に見つかりそうになりながらも辛うじて新野まで辿り着いた。


◇◇◇◇◇


「司馬一族による謀反だと…。」


魏延は虚空を見ながら絶句した。


「江陵を通じてこの件を一刻も早く成都に伝えましょう。」


馬忠は急使を出すべく部屋を出ていった。知略に優れる司馬一族が全ての権力を握ったとすれば何を仕掛けてくるか分からないので蜀全軍に対して速やかに警戒態勢を取らせる必要があるからだ。


「将軍、我々も警戒態勢を取りましょう!」


関索の呼び掛けで我に返った魏延は政庁に戻り新野駐留軍に対して警戒態勢を取るように指示を出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る