第62話 魏延激昂
呉の殿軍を務める朱治と朱然は中軍の方から騒々しい声が聞こえて来たため進軍を止めて様子を探らせていたがその様子を遠くから窺っている一団が居た。
「おそらく呉の先鋒や中軍が襲われた事で進軍が止まっているものと思われます。」
馬謖は呉軍の状況を正確に捉えていた。戦場における経験を数多く積んだ事で前世のような兵法書を愚直に信じるような愚を犯す事なくその場に応じた的確な判断が下せるようになっていた。
「連中は様子見しているな。」
「知らせを耳にすれば戦闘態勢を取る事になるでしょう。奇襲するなら今しかありません。」
馬謖は自信を持って魏延に進言した。
「出撃するぞ!」
魏延は方天戟の切っ先を呉軍の方向へ向けた。
*****
魏延率いる部隊は瞬く間に呉軍に近付いた。
「敵将は二人居るようです。」
傅士仁は呉軍内部に異なる旗印を見つけた。
「傅士仁、片割れは任せる。」
「承知致しました。」
魏延と傅士仁は周囲の警戒を馬謖に任せると二手に別れて敵軍に突っ込んだ。
「死にたくなければ道を空けろ!」
魏延は方天戟で敵兵を蹴散らしながら敵将目掛けて突き進んだ。
「邪魔をするな!」
前に立ちはだかる者は馬で跳ね飛ばしつつ敵軍内部を走り回った。
「貴様、荊州の魏延か?」
魏延の前方に敵将らしき男が馬上で待ち構えていた。
「その通りだ!」
魏延はすれ違い様に突きを繰り出した。
「やはり強い。我は呉の朱治だ!」
朱治は魏延の突きを得物の長刀で薙ぎ払った。
「荊州に土足で踏み込んだ代償を払って貰うぞ。」
魏延は馬首を朱治の方向へ向けると再び駆け出した。朱治も魏延目掛けて馬を走らせた。
「荊州奪取は呉にとって宿願。貴様らのような火事場泥棒に屈するわけにはいかんのだ!」
「荊州に固執して馬鹿な真似をするから魏に乗じられるのだ。そんな事すら分からんのか?」
「孫堅様の無念、貴様らに分かって堪るか!」
意地と意地がぶつかり合って一進一退の攻防を繰り広げていた。二人とも互いの姿しか眼に入っておらず周囲では両軍の兵士が動きを止め、固唾を呑んで見守っていた。
「劉家と孫家が争ってどうなる?同盟の架け橋になった奥方様の事を不憫に思わないのか?」
「孫家と絶縁した者がどうなろうが知った事か!」
「何だと?」
魏延の頭の中で何かが切れた。
「絶縁を宣言したのは貴様らが原因だろうが!」
「な、何だ?」
魏延の繰り出す攻撃が鋭さを増して朱治は反撃が出来ず守り一辺倒になった。
「奥方様が呉国太の見舞いで帰国された際に襲撃を画策したのは貴様らの大将、呂蒙だ!」
「あの男は我が君を狙い、奥方様も狙い、挙げ句に荊州も狙った。」
呂蒙に対する憎しみの感情が爆発して朱治に向けられた。端から見れば朱治はとばっちりを喰った形だが孫夫人をコケにして魏延を切れさせた責任がある。朱治は魏延の攻撃に耐えきれず長刀を落としてしまった。
「貴様らを生かしておけば後の禍になる。この地で死してあの世で悔いていろ!」
魏延の方天戟が頭上から振り下ろされ逃げようとした朱治の肩口から大きく切り裂いた。
「我が君と奥方様を愚弄した報いだ!」
物言わぬ朱治を前にして魏延は珍しく捨て言葉を吐いた。時を同じくして義息である朱然も傅士仁によって討ち取られていた。
*****
荊州侵攻軍が漢中軍の待ち伏せに遭い、惨敗と言っても過言では無い状態にあった。大都督の呂蒙は凌統の言葉に従い江夏へ向かっ手逃げていた。
「何故こんな事になったのだ?」
「龐統や諸葛亮が私の動きを読んで先手を打っていたのか?」
「それとも魏が裏切って劉備に情報を流したのか?」
呂蒙は馬上で自問自答を繰り返していた。護衛の為に従っている兵士たちはその光景を見て唖然としていた。しかし足を止めるわけにはいかず必死になって逃げていた。やがて森に入り周囲は薄暗くなってきて兵士たちは不安感に襲われた。このまま迷えばどうなる、奇襲されたらどうなると負の連鎖に覆われてしまった。
「大都督、前方に味方と思われる部隊が居ます。」
「江夏からの応援だろう。これで助かった。」
味方発見の知らせに呂蒙はようやく一息つけると安堵した。やがて呂蒙たちはその一団に近付いた。
「呉軍大都督の呂蒙将軍とお見受けした。」
一団の将らしき男が馬上から一礼した。
「いかにも私が呂蒙だ。貴殿は?」
呂蒙は言葉遣いから一団が魏の援軍だと思い込んだ。
「劉玄徳の義弟、関雲長と申す。」
「関羽だと!?」
呂蒙は自分の耳を疑った。樊城に居るはずの関羽が何故こんな所に居るのだと。自分を困らせようと冗談を言っているのかと思った。
「その通り。嘘をついても仕方なかろう。」
関羽を名乗る男が呂蒙に近づき、やがて姿がハッキリと見えるようになった。そこには赤兎馬に跨がり偃月刀を手にしている髭を生やした男が居た。
「貴様は何故ここに居るのだ?」
「理由を知りたいと言うのか。語ったところで影響は無いだろう。」
関羽は即座に動ける態勢を取りつつ語り始めた。当初は予定通り劉封や龐統と共に樊城へ攻め寄せた。しかし龐統の指示で極秘裏に江陵へ戻り、別働隊を率いて東に向かい呂蒙が通ると思われる道沿いに潜んでいた。そこへ敗走していた呂蒙が現れた次第である。
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