第21話 張飛対徐晃

徐晃は水軍を副将の文聘に任せると主力を率いて襄江沿岸を西に向かい襄陽を十里ほど過ぎたところにある浅瀬を使い渡河を敢行した。


「襄陽を守る張飛は目の前で起きている事しか見えない猪武者だ。このまま襄陽を奇襲すれば勝利は間違いない。」


渡河を行った浅瀬付近に荊州軍の兵士が居なかった事もあり、徐晃は周辺の警戒を怠るなど油断したまま襄陽へ向かった。


「我が水軍と荊州水軍が戦闘を始めております。張飛や魏延は水軍で応戦している模様。」


「文聘が荊州水軍を引き付けてくれれば我々の勝ちだ。」


文聘からの伝令兵が現れ水軍同士での戦闘が始まったと伝えられた。荊州水軍に張飛と魏延の旗印が見えたので二人共襄陽から居なくなっていると徐晃は判断した。


「このまま襄陽城へ攻め寄せるぞ!」


魏軍は襄陽城に押し寄せた。攻撃を始めると楼閣に見覚えのある男が姿を現した。


「胡車児、貴様何をしている。」


「これは徐晃将軍。故あって劉備様の世話になっております。」


徐晃は自分の配下だった胡車児の姿を見て驚いた。そして胡車児が言った事にも驚かされた。


「貴様正気か?劉備は曹丞相に歯向かう反逆者ではないか。」


「将軍こそ正気とは思えませんな。帝を利用して好き放題しているのは曹丞相であるのは衆目の事実ですぞ。」


胡車児は張飛と魏延に降った際に教えられた事を徐晃に伝えた。


「貴様のような恥知らずは私が自ら首を刎ねてやる!」


「好きにされたら良いのでは?」


胡車児は呆れた表情を見せて楼閣から姿を消した。後姿を見送った徐晃は頭に血が上っており怒りに任せて城への攻撃を始めた。


*****


「襄陽は滅多な事で落ちるような城ではない。城門に重点を置いて迎撃するようにすれば守り切れる。」


「承知致しました。」


胡車児は伝令兵に専守防衛を伝えて各所に走らせ自らも城内の要所を回って督戦に努めた。


「胡車児も中々やるねえ。徐晃は完全に頭に血が上ってるよ。」


徐晃が遮二無二城壁へ攻撃を加えている様を見て、龐統は笑いを隠せなかった。後は張飛がどこまで暴れてくれるかだと思いつつ場外のある方向を見つめた。


*****


徐晃は襄陽の守りが予想外に固いので焦りを覚えていた。水軍が渡河に成功して城へ攻め寄せれば状況は有利になると考えていた。


「徐晃、形勢は挽回出来そうにないか?」


徐晃に大声で問い掛ける者が居た。その方向に居る筈の自軍兵士から声が聞こえなくなった。


「誰だ、貴様は?」


「俺か?劉備軍右将軍、張翼徳だ。」


「張飛だと!」


徐晃は自分の目を疑った。居る筈のない敵兵が間近に迫っておりその先頭に居るのが襄江上で文聘と戦っている筈の張飛だったからだ。


「貴様水軍に居るのではなかったか?」


「何を言っている?襄江上に居るのは張南だぞ。」


「荊州軍の罠だったのか!」


焦る徐晃を見て張飛はほくそ笑んだ。


「今頃気付くとは情けない奴だ。者共、掛かれ!」


張飛が愛用の蛇矛を徐晃の方へ向けて突撃を命令した。張飛はその足で馬を走らせ徐晃にに近付いた。


「徐晃、覚悟しろや!」


張飛は恐ろしい勢いで突きを繰り出した。徐晃はそれを受けきると長刀を大上段から振り下ろした。張飛はそれを受け止めると力任せに振り除けた。


「中々やるじゃねえか。」


「貴様もな。」


二人の戦う様を見る兵士たちは余りの迫力に誰も近付けず、一騎打ちの様相を呈していた。


「魏延将軍、張飛将軍が敵軍と戦闘を始めました。」


「頃合いだな。目標は前方の魏軍だ。進めっ!」


魏延も率いている兵の大半を魏軍に振り向けた。自身は龐統の命令に従い、後方の浅瀬を警戒しながら魏軍の方へ向かった。


*****


曹操は徐晃からの度重なる出撃許可を認めなかった。普段は冷静沈着な徐晃がしつこく願い出るので一度は厳しく言っておこうと考え、樊へ使者を差し向けた。


「徐晃将軍は出陣したのか?」


「はい。襄陽西方に浅瀬がありそこから渡河すると仰っておられました。」


「何と言うことだ。」


使者が樊へ着いてみると徐晃は襄陽へ向かった後だった。曹操の判断が一足遅かった事を悔やんでいると一人の将兵が早足に駆け寄ってきた。


「襄陽に居るのが張飛だけなら良いが。とにかく襄陽へ向かわなければならん。」


「司馬懿殿、徐晃将軍は襄陽に向かわれたと聞きましたが。」


「その通りです。張郃将軍、直ぐに出発するので兵を纏めて頂きたい。」


「大丈夫です。率いてきた将兵はいつでも動ける態勢です。」


使者として襄陽に赴いたのは司馬懿だった。曹操は不測の事態を考え、司馬懿に張郃と三千の将兵を預けていた。徐晃の身を案じた司馬懿は休息をそっちのけで直ちに襄陽へ向けて出発した。

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