第4話 反骨の相
黄忠と関羽が一騎打ちを行った翌日、魏延は降伏の使者として劉備軍の陣を訪れた。
「某は魏文長と申します。長沙太守韓玄に代わり軍使として参りました。」
「某は関雲長。長沙方面軍大将として此方へ赴いた。」
「太守韓玄は劉備軍に降伏致します。何卒寛大な措置を取って頂きますようお願い致します。」
魏延は此度の一件における評定の中身や韓玄の考えを関羽に説明した。
「昨日の韓玄殿の対応を見て血気に逸る者を上手く抑えていると某も感じていた。この事は我が君に伝えるので安心されよ。」
「有難う御座います。」
関羽の言葉を聞いて魏延は安堵した。この様子なら長沙は抵抗せず劉備軍に降伏した扱いになるだろう。関羽自身も穏便に事を運ぼうとしているのが魏延に対する態度で明らかである。
「数日後に我が君も此方にお見えになる。それまで韓玄殿が太守として統治を続けて貰いたい。某は城外にて駐屯させて頂く。」
「承知致しました。」
「これは蛇足になるが我が軍の軍師も同道する筈だ。何かと気難しい人物なので対面の際は十分気を付けて貰いたい。」
「助言頂き有難う御座います。太守には重々申し伝えておきます。」
劉備軍の軍師で気難しい奴と云えばあの男しか居ない。魏延は笑顔で返礼したが怒りが込み上げてきた。
数日後、劉備が諸将を率いて長沙に姿を現した。韓玄は主だった文武官を引き連れ城外にて劉備を迎えた。
「長沙太守韓祥雲、劉皇叔に降伏致します。太守の印綬をお預け致します。」
「劉玄徳、太守の印綬を確かに預かりました。」
「政庁へご案内致します。」
劉備は韓玄の案内で長沙に入城し、政庁へ向かった。魏延は城内での警備を命じられており忙しく動き回っていたので劉備一行と顔を合わせる事は無かった。
*****
降伏した翌日、韓玄は劉備から太守の印綬を渡され引き続き長沙太守の地位に留まる事になった。引き続き劉備と韓玄で話し合いが行われて黄忠は偏将軍として劉備軍に迎えられる事になった。劉備から呼び出しを受けた。
「魏文長、劉皇叔に拝謁致します。」
「よく参られた。貴殿を我が陣営に迎えたい。韓玄殿からは許しは得ている。」
韓玄からすれば二人が抜けたら戦力低下は免れない。それでも承諾したと云う事は小事(長沙防衛)より大事(対魏)を優先させた事になる。
「韓玄様が認めているならば某に異存はありません。」
「よく決心してくれた。それでは私と共に江夏に来て貰うので準備をして欲しい。」
「承知致しました。」
「魏延将軍、お待ち下さい。」
「何でしょうか?」
劉備との挨拶を終えたので魏延は準備の為、自邸に引き上げようとしたら近くに控えていた男から声を掛けられた。魏延は顔を上げて男と目を合わせた瞬間背筋に冷たい物が走った。
「私は劉備軍で軍師を任されている諸葛孔明と申します。」
「はっ、関羽将軍からお聞きしております。宜しくお願い致します。」
「お伝えしたい事があります。」
魏延は前世の記憶を思い出して諸葛亮は反骨の相を持ち出して来るだろうと予測していた。
「・・・。」
「貴殿は反骨の相と云って主君を裏切る凶相を持っておられる。」
「某が劉備様を裏切ると貴殿は仰るのか?」
「そうは申しておりません。凶相を持っていると注意を促したいだけです。」
諸葛亮が魏延の人物評を述べた事で魏延を見る周囲の目が変わった。そのような男を用いて大丈夫なのかと云う疑いの目になっている。
「某は韓玄様に仕えて以来、そのような事は一切考える事すらしなかった。長沙に生まれた者が長沙の民を労る韓玄様に刃を向けるなど言語道断。某の事が信用出来ないと言うのなら劉備軍へ加わる事を辞退し、長沙に残らせて頂く。」
魏延は劉備軍に加わらないと告げた。劉備と韓玄は驚いた表情で魏延を見て、関羽は諸葛亮を睨み付けた。
「魏延将軍、私は注意するよう申し上げただけです。冷静になって頂けませんか。」
「初対面の者から凶相を持っていると言われた挙げ句冷静になれ?貴殿は某を馬鹿にしているのか?」
「諸葛亮、これ以上物を申すな。将軍、諸葛亮も悪気があって言った事ではない。この劉玄徳に免じて許して貰えないか。」
「劉備様からそのように言われては矛を収めざるを得ませんが、軍に加わる事は再考させて頂きたい。」
魏延は劉備に一礼すると諸葛亮を睨みつけて政庁を離れて自邸に戻った。
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