第126話【奈落からの洗礼と復讐せし者その2】


 そして――――いずれ起こる事実だが、この時偶然が重なった事により、三人の内誰かがのだ……。


『フゥ、入り口までは、まだまだと言った所か――――想像以上に底は深いな……』


 バルクスは、四肢の感覚を頼りに少しずつだが進んでいる。


『このままバルクスを待っていたら、わね。早く来ないかしら……』


 紅茶のお時間ティータイムが終わりつつあるアイナは、暗闇で微かに見える


(セリエのお陰で断壁下りも楽勝だな。このまま〝晦冥かいめいの奈落〟まで一番乗りだ!!)


 アイナを抜き去り気分を良くしたノーメンは、颯爽さっそうと下り走る。


 現時点ではノーメンが入り口にもっとも近く、次点にアイナ、最後にバルクスとなる。


 魔法を使わず、鍛えぬかれた己の身1つで下るバルクスに限界が近づいていた。


 集中するあまり気にしないようにしていたが、バルクスの眼に汗が入る。


 反射的にで顔を拭いたが、一瞬の判断ミスにより体勢が崩れ、思わず叫んでしまった。


 その言葉は、あまりに〝単純シンプル〟であり、単純に格好悪かった。


おとこたるもの、守るべき者に守られていては、他人はおろか己も守れない〟という言葉を胸に秘めていた、バルクスの叫びはこうだ。


『アイナさ~ん!!たっ、助けてくださ~いっ!!落ちるぅぅうっ!!』


 緊張の糸が切れたことにより、冷静さを失ったバルクスは、全体重を左手のみで預ける状態となった。

 

 足は重力に引かれるが如く宙に浮き、それでも岩肌に乗せようと試みるが、小石を撒き散らすだけで意味をなさなかった。


 その頃、アイナのティーカップに注がれた紅茶が、終わりを迎えそうになった。


 カップ1割程しかなかった量が、気が付けばになっていた。


(飲んだ割には、何か増えてないかしら?おかしいわね……。まぁいいわ)と自分に言い聞かせながら、一口含むアイナ。


『何よ!?これっ!?まるで〝腐った煮汁〟の様だわ!!……それにしても、上がやけに五月蝿わね』


 アイナがそう言うのも無理はない、上ではバルクスが、己の鍛練の集大成を見せようと奮闘していたのだ。


 バルクスから流れ出る〝汗〟〝涙〟〝鼻水〟――――あらゆる水分が、下にいるアイナへと降り注ぐ……。


 雫は1つの生き物の様に、混じり合いながら落ちて行く。


うなれ我が肉体ボディを形成する筋肉とも達よおぉぉぉっ!!』


 決死の雄叫びのかいあってか、バルクスの左手は再び岩肌を掴む――――


 事はなく、その手に握られたのは赤くのある林檎だった。


 セリエの風魔法により〝超加速〟した林檎は、偶然にもバルクスの左手にジャストフィットしたのだ。


『嘘だっ……嘘だっ……嘘だっ……』と、スローモーションよろしく落下するバルクス――――


 一瞬の安堵もジェットコースターの如く、打ち砕かれたバルクスは、林檎を片手に真っ逆さまに落ちて行った。

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