第108話【決意の修行編その9】


〝炎の精霊〟自らもニッシャがどれ程、修行し強くなろうが〝時の精霊〟には、事を知っている。


 しかし、ドーマの意志を次の世代へ託すため、過酷な〝火速炎迅かそくえんじん〟の継承を課していた。


 時の計画を止める唯一の対抗手段として、散り散りとなった残りの精霊4体を仲間に率いれる事。


 それには、個々に力を蓄えなければいけず、何れ訪れる〝終淵しゅうえんの時〟を共に抗う術を身に付けなければならない。


 現段階で〝時の精霊〟の動向は未だに分かっておらず、最悪の場合は抵抗出来ぬ〝ニッシャの死体〟を奪われれば、世界の均衡は瞬く間に崩壊するだろう。


〝この世界を守る〟だとか〝必要とされる存在〟に全く興味を示さなかったニッシャ。


 だが、今回の経験を活かし自身の価値観と命の重さを見直して欲しいと、一心同体の相棒〝炎の精霊〟は常々考えている。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★



 時は〝Ⅳ速〟への挑戦に戻り、開始から5分を経過した所で、業火は周囲を悪戯いたずらに焦がしていた。


 先程まで緑が生い茂っていた景色は、見るに絶え難い焼け野原となり果て。


 最初と何も変わらない姿を見たドーマは、おもむろに立ち上がると、ニッシャから預かった煙草が底を尽きたため、休憩をうながした。


『ニッシャ~?もう休め、今のお前では〝境界線を越える〟事も叶わぬぞ?――――ん?』


 己の魔力により火の塊となったニッシャは、いつもの様に生意気な口調で返答をする事はなく、耳を澄ませば微かに聞こえる寝息――――


 導く答えはと言うと……構えたまま静かにだけだった。


『ニッシャの奴……あれほど言ったのに火速超過オーバーヒートを起こして、立ったまま気絶しやがったな――――仕方ない、起きたら別のやり方でも試すか……』


 呆れたドーマは、尻もちをつきながらニッシャが起きるのを、悠久の時の様な空間でひたすらに待つことにした。


【屋敷内-調理場】


〝晦冥の奈落〟への出発前アイナは、ミフィレンに調理場の使い方と、屋敷内のスケジュールを渡していた。


 朝食担当のミフィレンは、両手一杯に紙を伸ばすと、大きな声を出して読み上げた。


『え~っと……食材を想像しながらテーブルを叩いたら、任意の食材が出てきます。一回で〝お肉〟二回で〝魚〟三回で〝野菜〟くれぐれも出しすぎには、気を付けてね!!――――か……よ~し豚さん、犬さん早速作るからね……えっ!?』


 身長1M程のミフィレンが見た光景は、鋼豚こうとん炎犬えんけんが、仲良くテーブルの上で走り回っている姿。


 そこには、次々と山積みになりながら現れる食材の頂きは、見上げる程の高い天井付近に達していた。


『わ~……しゅご~い――――お肉た~くさんだぁ』


 優しい性格のせいで怒ることは出来ず、呆気らかんとしている今のミフィレンには、その一言しか絞り出せなかった。

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