第98話【VS〝熊〟過去への決着編その5】


 互いに疲労の色が見えるニッシャと熊の力比べは、最初こそ拮抗きっこうしていた。


 が、雨で泥濘ぬかるむ足下には、数本の道筋が出来ており、着実に彼女の体は大木へと近づいていた。


 精霊の力を自ら使わぬニッシャは、部隊で鍛え上げられている。


 とはいえ、あくまでもその実力は、範疇はんちゅうであり、魔力を持たぬニッシャでは危険度level-Ⅲを倒すなど不可能に近かった。


 だが、いくつものを〝実現〟してきたニッシャには、そんな道理は通用しなかった。


 それでも諦めの表情や思考を微塵も感じさせない彼女には、があった。


『単純なパワーじゃ、やっぱし勝てねぇよなぁ……なら、で押し通す!!』


 そう――――何事にも諦めず、どんな事柄にも立ち向かう強さを持った己自信の心である。


(少しだけ……あと少しだけこらえてくれよ私の体!!)


 耐熱性のドレスグローブを着用こそしているが、自らの魔力で焼ける腕にそう願いながらも、着実にその身は〟精神の死〝へと近づいていた。


 必死の抵抗もむなしく、ついには大木へと打つ付けられた事により、血反吐を吐き散らす。


 しかし、黒く焼け焦げる両手で熊の頭部を鷲掴みにすると、尚も闘う意思を出し続けるニッシャ。


 その、衝撃により額から血を流すこの状況でも、笑みを浮かべながら言った。


『クソッ、骨が数本イッちまったな……この借りは今から返すかんな――――覚悟しろよ!?』


 そう言い放つとまだ動く右足を使い、燃える下顎目掛け膝蹴りを入れ、一瞬のすきを作り出す。


 を力一杯握りしめると、鼻先の横にある眼に突き刺す。


 あまりの痛みに耐えかね、体長6Mもあるその体躯は、立ち上りながら後方に下がる。


 見えぬ左眼から流れ出る血が、燃え盛る体に触れ、蒸発と流動を繰り返す。


 思わぬ反撃に隻眼となって視界がせばまり、尚も闘う意思がある熊。


 次にニッシャを視覚で捉えた頃には、己の目線の高さまで彼女が姿だった。


 後退したのを確認したニッシャは、雨で泥濘ぬかるんだ箇所を避け、を持った、熊の足跡を起点に踏み込む。


 背の大木へ移り、三角跳びの要領で眼前まで跳躍ちょうやくをしたのだ。


『あんたのお陰で良い足場が出来たよ――――楽しい遊びもこれで終わりだ!!』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る