第87話【餓鬼の断壁と奈落への道行きその3】

 だが幸いにもこちらを見向きもしない猿達は、久方振りの食事に夢中になっていた。


 気付かれなかった事で緊張の糸が途切れたバルクスは、高鳴る鼓動を落ち着かせる様に、ホッと胸を撫で下ろす。


 気配を最小限に抑えながら、ゆっくりと静かに立ち去ろうとしたその時だった――――


 耳を塞ぎたくなる程のけたたましい轟音ごうおんと共に、足下の岩には大小異なる無数の穴が縦横無尽に出来る。


 穴から立ち込める蒸気周辺は、出鱈目な形で奇妙に溶解していた。


『うおっ!!何だこれは……!?』


 思わず声が出てしまったバルクスを、嘲笑あざわらうかの様に現れたのは、見窄みすぼらしい身なりの兵隊猿とは違う者達。


 群れの中でも位が高いのか、異種の毛皮を衣服の様に着飾った三匹の猿だった。



鏡猿ミラーモンキー】=【危険度level-Ⅱ】

(胴体中央には、生まれもって授かった1枚の鏡が付いており、主に敵の撹乱かくらんと反射の役割を担う)


岩猿ロックモンキー】=【危険度level-Ⅱ】

(地の利を生かした擬態が得意であり、その優れた迷彩能力は、高度な探索魔法を持ってしても判別は難しい)


機関銃猿マシンガンモンキー】=【危険度level-Ⅱ】

(長い尾を銃の様に利用しており、装填される銃弾は主に、暴君タイラント殺戮芋虫デスワーム等の死骸から採取した、鋭歯を主原料としている)


 前後をさるに囲まれ、もはや絶対絶命のバルクスは、出発前にアイナに言われたことを、走馬灯の如く思い返していた。


 一つ、晦冥の奈落に備えて、極力魔力は使うべからず。


 二つ、身勝手は自他共に命を落とし、分からぬことは指図待て。


 そして最後に――――危険種と鉢合わせたら死ぬ気で逃げろ!!


 直ぐ様現在の場所から、奈落方面へと走りだし、尾から放たれる凶弾が雨の様に降り注ぐ。


 それを器用にくぐり抜ける猿の群れが、逃げに徹したバルクスを執拗しつように追いかける。


『アイナさああぁぁぁん!!誰か~助けて下さぁぁぁあい!!』



 腹を空かせた猿の歓喜と、絶望の淵に立たされ、1人逃げ惑うオトコバルクスの、大気を揺らす魂の叫びは誰の耳にも届かなかった。

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