第78話【誓いの前日編その15】

【精神の滝】


幼い悪戯チャイルドミスチフ】により、滝側の水面に浮かんでいた、ニッシャの体を岸まで引き寄せる。


 セリエの【ウィンド羽衣ベール】により、流動する風を治癒の水と共に包み込む。


 精神の滝で一夜を過ごしたニッシャの体は、傷が一切ない程の状態まで治癒していた。


 とても息を引き取っているとは思えず、誰もの瞳に映る彼女は安らかな、それでいて綺麗な寝顔だった。


 各々最後の挨拶をし、ノーメンの魔力によりニッシャを消し去ると、玄関口へ向かう。


【屋敷外玄関口】


【アイナさんご一行の御健勝ごけんしょう御多幸ごたこうを願って!!】


 と書かれた長さ15Mの手作り横断幕を掲げる弟子達と、それを見て思わず涙を流し、1人ずつ熱いをハグしようとするバルクス。


 そんな暑苦しい漢をアイナが引き剥がすと、みな一斉に笑いが起こり和やかに見送られる。


 姿が見えなくなるまで手を振り返すバルクスに対し、ひたすらに前を見続けるアイナ達三人。


 初めこそ笑顔だったが、見送るミフィレン一行が見えなくなるや否や、段々と真剣な面持ちで足早に歩いていく。


 置いていかれそうになるバルクスは、先頭を歩くアイナに走って追い付き、息を切らせる様にしてこう言った。


「すみませんアイナさん!!昨日の【鋼豚こうとん】に何かしましたか?」


 返答は「いいえ、だから?」の冷たい一言であり、その二言をしゃべる間にも彼女は眼を合わせてはくれなかった。


(おかしいな――――ミフィレンちゃんの手の平で動いていたような……)


 それを聞いたセリエは仰向けに浮きながら、アイナにちょっかいを出す。


「またまた~アイナちゃん優しいから、きっと特別な事したんでしょ?」


「だからしてないって言ってるでしょ!!」


「うぉっ!?ちょっと怒り過ぎじゃね?」


「フンッ」と口を尖らせ、そっぽを向く乙女の気持ちを分からぬバルクスとセリエ二人。


 アイナから少しだけ距離を取り、ノーメンを二番目に歩かせた。


 心中ではお喋りな男ノーメンはこの時、微かに気づいていた。


(きっと大事な事を忘れていたんだな……)


 直感で思い付いたその答えは正解であり、感情を押さえきれないアイナは思わず叫んだ。


「今日、特売日だったー!!オムツもミルクも大好きなプリンも!!あーーっ!!」


 両手で顔を覆い天を見上げるアイナの苦悩は、やはり男三人には理解が出来なかった。



【ミフィレン側】


 犬は吠え、猿は手を振り、鳥は高らかに鳴き、重い体を感じさせぬ素振りを見せる豚は、手の平で飛び跳ねていた。


 ニッシャから貰った一輪花のネックレスが風で揺れ、朝陽が差し込むと小さく光り、「またね」と言っている気がして、優しく握り締める。



 みなが背を向け歩き始めるのを手を振り送る時、寂しさと悲しさで涙が視界一杯に溢れそうになるのをに助けられながら必死にこらえていた。


 これから旅立つ者を安心させようとするミフィレンは、この時感じ取っていた事を誰にも話せずにいた。


 道場内天井の絵には一人一人特徴を掴みきちんと描かれていた――――


 が、旅立つ四人の内、塗り潰されたようなもやが掛かっていた事。


 これが彼等かれらとの長い別れになると言う事。


 何か良からぬ事が迫っている事を自身でも分からず、笑顔で送り気丈きじょうに振る舞う事しか、今の小さな体では精一杯だった。


 この時誰も知る由もない事実であり、みないずれ知る事になるだろう。


 ミフィレンが全ての鍵であり……世界の希望である事。


 そして、この物語の主人公だと言うことを――――





【いつだってあなたが私を強くする】


【第1章 小さな出会いと大きな役目】


【完】

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