いつだってあなたが私を強くする

第40話【ＶＳ〝バルクス〟子育て日記二日目 組み手編その3】

　鳴り止まぬ歓声とは裏腹に合図と共に動くものはおらず、身構えるバルクスに対し、胴着をだらしなく着ているニッシャ。

　時折、肌蹴（はだけ）そうな服を直すと、眠たそうに欠伸（あくび）を数回（すうかい）程しながら徒歩で男の正面へ立つ。

　何か策があり仕掛けてくる素振りもなく、ゆっくりと近づく女に対し、己を馬鹿にされているどころか、眼中にないように振る舞われていたため、バルクスは挑発を行う。

「ほー、あくまでも構えはせず、無謀にもこの鍛え上げられた、鋼の肉体に立ち向かうか！！実に面白いぞ……ならばよかろう、一人の男として先に攻撃を受けてやろう」

　そう言って、再び胴着の上半身だけ脱ぐと、恐ろしく発達した上腕二頭筋～大胸筋のラインを見せる。

　それを強調したポーズサイドチェストを迸（ほとばし）る汗とダイアモンドの様な白い歯の男は、まだうら若き乙女に至近距離で変態の如く見せてくる。

　ニッシャは『攻撃していいぞ』と半裸の男（サンドバック）が言った瞬間、既に攻撃を仕掛けていた。

　無数の拳による乱打と共に風船が破裂したような音が、バルクスを中心に周囲へ響き渡る。

　花火でも打ち上がっているような……豪快音。

　あまりの音量に耳を塞ぐ者や、手の動きが速すぎて見えぬものが約6割にも昇り、誰もがニッシャの底知れない強さに感服せざるを得なかった。

「へぇ、やるじゃない……だけど、バルクスには並大抵の打撃（だげき）じゃ膝を着かせる所（どころ）か、自慢の肉体に傷すら付けれずに負けるわよ」

　解説役の様に１人で観戦するアイナの頭上には、体力が無尽蔵ではないかと錯覚してしまう程、パワフルに遊んでいる子ども達二人の姿があった。

　ミフィレンとラシメイナが、協会特製の宙に絵を描ける魔法筆（マジックペン）を使い、各々自由な発想で作品を造っていた。

｢綺麗な容姿に思わず見惚れてしまったが、計80発といった所か、蚊でも刺したかの様な感覚……やはりこの肉体を傷つける者はおらぬということだろう｣

　山のように動かぬ筋肉（バルクス）に対し、1分ほど続いた打撃を止める。

　すると、勘弁したのか両手を後頭部に回し、髪の中へ隠していた煙草を口に咥えながらこう呟いた。

｢あんたみたいなドM野郎にこっちから一方的に殴るのも疲れたし、お前も攻撃してこいよ？まさかそのハリボテ筋肉で女は殴れないとか言わないよな？｣

　至近距離でそう言われると、熱くなりやすく目の前が見えなくなり、挑発に乗りやすい性格のバルクス。

　顔を真っ赤にさせると先程のニッシャ同様、目にも止まらぬ速さで顔を除いた全部位へ拳と足技の応酬（おうしゅう）を続ける。

　全ての攻撃が、容赦なく、そして正確に華奢（きゃしゃ）なニッシャの体を襲う。

　先程とは打って変わって、途轍もない爆発音が道場内に響き渡る。

　周囲の弟子達はバルクスの本気を見れたことに感動したのか、全員が拍手（ｽﾀﾝﾃﾞｨﾝｸﾞ・）喝采（ｵﾍﾞｰｼｮﾝ）をし始める。