八章 陽炎 3—3




 *


 モニタールームの四人を、猛が本館に呼びよせた。


 野溝さんがジャッジルームのカギをあける。


 数分後、モニタールームに全員がそろう。


 猛は速水くんのボディチェックをして、スタンガンなどの武器をうばう。


「秘書さん。クレンジング、持ってきてくれ。とにかく、速水に素顔に戻ってもらおう」


「いいけど、それなら、このロープ、ほどいてくれない?


 心配しなくても、わたしも優衣を殺した犯人がいるなら知りたい。抵抗しないわ」


 猛は答えない。


 でも、すっかり消沈してる野溝さんが、僕は可哀想になってきてしまった。


「猛。いいんじゃないの? これだけ大勢いるんだし、女の人に、どうにかできないでしょ」


 猛は迷っていたが、しかたなさそうに承諾した。


「まあ……かーくんが、そう言うなら」


 で、野溝さんはロープをほどかれて、彼女の部屋に行くことを許可された……のだが。


 なんと! モニタールームのカーテンをひくと、その向こうが野溝さんの寝室だった。


 どうりで、呼ばれると、いつも野溝さんが出てきたわけだ。


「この部屋、夜間はカギかけてるのか?」と、猛。


「もちろん。昼間も、わたしがいないときは、かけてるわ」


「つまり、本館のコンピューターにアクセルできるのは、あんた一人なんだな?」


「いろいろな登録や特別な事情のないときは、そうね」


 猛は思案中の、いつもの、にぎりこぶし。


「それが、どうかした?」


 という野溝さんに、


「とにかく、まずはクレンジングを」


 それで、やっと、速水くんに拭くだけコットンが渡された。みんなの前でドラゴンメイクが落とされる。

 その下に、かくれてたのは、メガネはないけど、たしかに速水くんの顔。


 というか、猛と深夜番組で見た、若手俳優の顔だ。免許証とは似ても似つかない。


「じつは、アキトたちが殺されたあと、すでにジャッジルームで、あんたを疑ってたんだ。


 あのとき、あんたの髪は生乾きだった。なのに顔には化粧してる。


 風呂に入ったあとなら寝るだけだ。なんで化粧してるんだって、気になってた。


 あれは入浴じゃなく、髪を染めたあとだから、ぬれてたんだろ?


 死体の始末で忙しかったから、髪まで、かわかしてるヒマなかったんだ」


「なんでも、お見通しだな。降参だよ」


 うーむ。なんたること。

 そういえば、あのとき、僕だって気づいてたのに。淀川くんの髪、へなってるなって。

 やっぱり、兄ちゃんとは知能のデキが違うのか。くすん。


「おかげで、おれは、あんたがまだカードキーの存在に気づいてなかったと知って、安心した。柳田さんの遺体が見つかったとき、犯人ならカギを疑うと思ってたから」


 速水くんは疲れたような口調で言った。


「疑ったよ。でも、おれの部屋にはなかったし、書斎とか風呂場とか、探しても見つからなかった。だから、ないほうに賭けた。動揺してたし、きっと、柳田の部屋のドアを、ちゃんと閉めなかったんだって」


 やっぱり、ついてないんだな、おれ——と、つぶやく声に、速水くんの人生の片りんが見えた。


 二人の会話に、しびれをきらしたように、野溝さんが割りこむ。


「さあ、東堂。推理ショー第二部というのを始めてよ」


「じゃあ、あんたに頼みたいことが、一つ二つある。まず、監視カメラの映像をたしかめたい」


「今さら監視カメラで、何が見たいの?」


「さっき、馬淵さんが話してた、今朝方に見たっていうメイドだよ」


 なんで、そんなもの? 湯水くんの変装か、たしかめたいのかな?


 野溝さんは無言のまま、コンピューターを操作した。

 たくさんあるモニターの中央画面に、そのときの映像が映る。大階段の上から見下ろす画面だ。


 馬淵さんがアクビしながら階段をおりていく。ホールから食堂に入ろうとして、ふと歩調がゆるむ。

 馬淵さんの視線のさきを、すっと、よぎっていったのは、たしかに青いアリスの制服だ。


 顔まで見えるわけじゃないし、こんなの、なんの役にも立たない。と、僕は思ったんだけど、猛は、そうじゃなかったらしい。


「やっぱりな」

 猛は、つぶやく。


「何が、やっぱりなんだよ?」


 たずねると、猛はモニターを指さした。猛が示す、すみっこを見るけど、別に何も映ってない。


「なんにもないけど?」

「よく見ろよ。かーくん。大事なものがあるじゃないか」


 ないけどな……ま、まさか霊が——という僕の考えを読んだような顔で、猛は告げた。


「時間だよ」

「時間?」


 そういえば、猛の示す指のさきには、タイム表示が……。


「そうか! これ、七時より前だね! てことは、エレベーター動く前だ。ほんとのメイドさんじゃないよ。やっぱり、湯水くんかな?」

「湯水に見えたか? 体型が、ぜんぜん違うだろ」

「まあ、そうだったかな……」


 でも、じゃあ、誰だっていうんだ?


 ほんとのメイドさんは、エレベーターの動かないうちは、地下から上がって来られないし。


 湯水くんじゃないなら、速水くんか?


 僕が見ると、速水くんは首をふった。


「その時間なら、おれは、とっくに寝てる」


 それを聞いて、猛。


「おれが封印の確認に行ったのが九時。湯水が何時ごろに細工したのか、わかるか?」


「となりの部屋だから、湯水が出入りする音は聞いた。六時ごろだと思う」


 速水くんは、そう断言した。


「六時か。秘書さん、そのくらいの時間まで、巻き戻してくれるか?」


 あいかわらず人を使って、猛は一時間前からの映像を確認する。


 もちろん、僕らも、いっしょに見た。


 それで、僕らは妙なことに気づいた。


 たしかに、そのメイドさんは湯水くんじゃない。


 だって、六時半ごろ、一階から階段をあがっていく姿が映っていたからだ。


 そして、馬淵さんが下りてくる少し前に、また階段をおりていく。


 どちらも照明が夜モードで暗い。とくに最初に上がってくときは、マドから入る朝日もないので、ほぼ真夜中なフンイキ。


「そうだった。見かけたとき、ちょっと暗かった」と、馬淵さん。


 だが、上がって下りていくのが、同一人物らしいことだけは、なんとか判別できた。


「このメイド、どっから、わいてきたんや? 一階の誰かっちゅうことか?」


「今朝、一階で寝てたのは、おれ、かーくん、赤城さんだけだ。おれと赤城さんは体格から言って論外。かーくんは、おれといっしょにいた」


 うーむ。じゃあ、いったい、誰だっていうんだ? ほんとは、やっぱり、れ……霊なのか?


「これ、誰なの?」

「湯水を殺した犯人だろ。時間から言っても」


 まあ、そんな気はした。


 猛は野溝さんに向きなおる。

「そこに電話あるよな? 通話可能か?」


 なんで、とつぜん電話なのか、わからないが、部屋のすみに固定電話が一つある。


「本館はケーブル電話だから、通話できます」

「だと思ったよ。じゃないと、この山奥で不便すぎる。でも、あんた、警察、呼んでないだろ? 土砂くずれなんてウソだ」


 野溝さんは、ひらきなおった。

「警察なんて、ジャマだもの」


「まあ、あんたのことは警察に任すよ。殺人教唆とか、殺人幇助になるんだろうな。

 ところで、あの電話、かりてもいいか? さっきは時間がなくて、小宮の身元確認しかできなかった。確認したいことがあるんだ」


「推理に必要なら、かまわないけど」

「サンキュ。じゃあ、速水に聞きたい。おまえの殺したい男リストに、川西は入ってたか? かーくんじゃなく、本物のほう」


 速水くんは首をふった。


「川西は優衣の中学のクラスメイトだ。なぜ、優衣が嫌ってたのか、よくわからない。


 授業中に、にらまれたとか、暗くてイライラするようなことが、とりとめなく日記には書いてあった」


「そこだよ。川西は人をにらむようなやつじゃない。たしかに内向的だが、せんさいな芸術家に独特なタイプ。馬淵さんとは真逆のタイプの。理由もなく他人に恨まれるとは、思えないんだ。これから、川西に電話をかける。あいつからは、まだ、更科の思い出話、聞いてないだろ?」


 そう言って、猛は電話の受話器をとる。

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