八章 陽炎 2—3
「芝居ってことは……速水くんの持ち物?」
「それか、ミッション指令書とともに、贈られたかだな。凶器だけじゃなく、殺人に役立ちそうなものが一式、与えられたのかも?」
そう言って、猛が見ても、野溝さんはだまりこんでいる。
「てか、猛は、それ、どこで見つけたんだよ?」
「みんなでサンルームを調べてるときに」
なら、そう言っとけー!
「まあ、ここで重要なのは出どころじゃないんだ。これが何に使われたかってことだ」
はっ! そうだ。
僕も見たけど、大海くん殺害に使われてた凶器は、たしかに本物のナイフだった。
なのに、ここでまたオモチャのナイフが出てくる必要が、どこにあるだろうか?
「それ、何に使われたの? アキトくんが殺された凶器とかなんとか、さっき言ってたよね? オモチャで人は殺せないよ」
「そうさ。オモチャで人は殺せない。だから、浴室の死体がアキトじゃないっていう、かっこたる証拠なんだよ。アキトは刺殺されたわけじゃない。監視カメラに映ってた、あの刺殺シーン。あれは、このオモチャが使われた、芝居の一場面だったんだ」
「芝居?」
「芝居というには、語へいがあるかな。アキトは何も知らなかったんだからな。速水の一人芝居さ。
あのとき、速水は、これでアキトを刺したように見せかけた。
でも、ほんとは監視カメラの死角から、スタンガンを押しあて、失神させただけなんだ。
じっさいに殺したのは、サンルームに運び入れてからだろうな」
そういうことか!
「サンルームの死体——あっちが、アキトくんなんだね?」
「そう」
「あれ? でも、確認したの、猛だよね」
「相好の見わけがつかないって、言ったろ」
「ああ。そうそう。逆光がなんとかとも」
「逆光のうえに、首つり死体の相好は、かなり凄惨だって、言ってたんですよ。ねえ、猛さん?」
蘭さん、目を輝かせて言わないでほしいなあ……。
「死体の判別を誤ったことは、おれの失態だった。そこは経験値が少なかったってことで、多めに見てほしい。すまない」
「真下から見あげたんじゃ、身長も、よくわからないですしね。しかたないですよ」
蘭さんがフォローする。
「まあ、速水も、おれたちが、じっくり死体検分するとは、はなから考えてないだろうけどな。
もしものことを考えて、身長に差のない、もう一人を自分の身代わりに選んだんだ」
ややこしいなあ。
速水くんの服を着た死体を、アキトだと思わせといて、じつは速水くんと思われた死体が、アキトくん……。
「そこまでする必要があったの?」
「速水にしてみれば、自分が死んだことになれば、どっちでもよかったんだよ。
浴槽の死体が速水で、自殺したのがアキトでも。その逆でもな。
むしろ、いろいろ小細工して複雑にすることで、言い逃れできるスキを作りたかったんじゃないのか?
のちになって、本人に都合の悪いことが起きたとき」
「猛さ。本人がっていうけど、じゃあ、どこに速水くんがいるわけ? 僕らのなかには、いないじゃん」
ああッ、兄ちゃんの目が哀れむように僕を見た……。
「速水が、どこにいるかは、あの夜の、もう一人の犠牲者の処理法を見れば、わかるよ。そもそも、おれは、そのせいで気づいたんだ」
「もう一人っていうと、浴槽のやつか……」
「ああ。なぜ、死体は熱湯につけられてたのか?」
「顔をわからなくするためだろ?」
「それもある。でも、それだけなら、他にも方法はあったはずだ。
速水はどうしても、死体を水につけておく必要があったんだよ」
「えっ? なんで?」
「死体のある状態をかくすために」
どんな状態だ……?
僕が考えてると、猛がヒントをくれた。
「死体の髪が、ぬれてることをかくすために」
そうかーーと言ったのは、ただし、赤城さんだ。
「カラーリングか!」
カラーリング! そうだ。あれなら、髪はぬれてしまう。
「死体の髪を染めたってことなんだね?」
たずねる僕の声は、恥ずかしながら、ふるえていた。
猛は、うなずく。
「速水は髪の色が自分とは違うやつに、なりすました。
だから、死体の髪を黒く染めなおしとく必要があった」
「私じゃないよ」と、赤城さんは肩をすくめる。
赤城さんも茶髪だからね。
けど、違うのは、ひとめでわかる。
赤城さんと速水くんじゃ、身長が違いすぎるし。
第一、いくら、うまく変装したって、赤城さんの顔は、みんなが知ってる。
「もちろん、赤城さんじゃない」
猛も断言。
僕らは顔を見あわせた。
そうなると、答えは、ひとつ……。
「ああ。決まりだ。おれたちのなかで、ほかに髪を染めてるのは、おまえしかいない。そうだよな? 淀川」
みんなの目が淀川くんに、集まった。
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