五章 顔のない死体 1—2

 *


 薫が出ていったので、猛は蘭と二人だ。


 蘭が警戒して、すばやくパジャマのポケットからスタンガンをとりだす。


「二人きりだからって、力づくはなしですよ? 休戦協定は、まだ続いてるはずですよね?」

「ああ。だから安心して、そんなものしまえよ。大事な話があるんだ」


 蘭は薫を送りだしたときのまま、ドアを背にして離れない。


 猛は苦笑した。


「じゃあ、そのままで聞いてくれ。おまえ、更科優衣って知ってるか?」

「更科?」


 蘭はその名を思いだすのに、しばらくかかった。


「……ああ。知ってます。そうか。あの子に似てるのか。中学のクラスメートだ。たしか、大阪から引っ越してきたんだったかな。目立たない子でしたよ。僕は口もきいたことない」


「その子に大人になってから、会ったか?」


「会うわけないでしょう。僕はもう十年も、京都の実家には帰ってないし。高校は男子校。大学は共学だったけど、つねにメガネとマスクで顔をかくして、人から逃げまわってた。ここ三年は、さっき話したとおり、ひきこもり生活ですよ」


「おまえの青春、暗いなあ。おまえには、おれみたいな兄貴より、かーくんみたいな弟が必要だよ。まあ、それは置いといて……やっぱり、そうか。思ったとおりだ」


「やっぱりって、なんですか?」


 猛は自分に届いたミッション指令書をポケットから出した。

 蘭の前に広げてみせる。


「ふうん。更科さん、死んだんですか」


 蘭の顔には、とくに感慨も浮かばなかった。 まあ、ちょっとした昔の知りあいなら、当然の反応だ。


「思うに、ここに集められた男は全員、この更科って女と、なんらかの形で接点があったんだ。おれだけは違うが、それは、おれが探偵だからだと思う」


「探偵?」

「おれの本業。私立探偵なんだ」


「カメラマンじゃなかったんですね」

「カメラは探偵の必需品だろ? 川西の交友関係をしらべるうちに、おれのことを知ったんだろう。おまえたちとは呼ばれた目的が違うってことだ」


「それは、つまり、僕たちのなかに……?」

「更科優衣を殺した男がいる」


「このゲームの真意、そういうことか。容疑者を一同に集めて、真犯人をあぶりだす。復讐ってわけだ」

「ミッションや何かで、これから犯人を追いつめてくつもりなんだろう。もし、犯人が見つかる前にゲームが終了したら、全員まとめて殺してもいいくらいのこと、考えてるかもな」


「そうか。僕が言ってたこと、思いだした。皆殺しですね」

「そう」


「やっぱり、アントリオンだったんだ」

「アントリオン……アリ地獄か」


「アリ地獄のように罠を張って、待ちぶせる。この屋敷の監獄のような造り。このゲームのためにのみ造られたんだ。われわれは脱出不可能な地獄に、つきおとされたアリですよ」

「まあ、そういうこと」


「……わかりました。あなたのミッションが終わるまで、休戦協定を延長しましょう」

「助かる。おまえが強敵だってことはわかってるからな。おまえの攻撃かわしながら、殺人事件まで見てられないよ」


 そこへ、薫が隣室からもどってきた。蘭の部屋の前で声がする。


「あけて!——ていうか出てきて。二人とも。早く、早く!」


 蘭がロックを解除すると、薫はあわてふためいていた。


「どうした? かーくん」

「人が殺されてる。いま、馬淵さんから電話があって——」

「なんで、馬淵さんから……」

「声がロボットだから、ほんとに本人かはわからないけど。となりの部屋から、ものすごい悲鳴がしたっていうんだ」


 猛は立ちあがった。

「とにかく、行こう」

「うん」


 猛、薫、蘭。三人で暗い廊下を走った。

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