三章 殺人ゲーム 二幕 2—2
*
ゲストのなかでもトップクラスのイケメン三人(川西、九重、東堂)と別れたネココは、一人で食堂の片づけをしていた。
デレナとアリスは、さきに食事休憩に入っている。
二人は、やっかいな仕事をネココに押しつけて、さぼりたがる。
が、それは、かまわない。
前のツライ仕事にくらべたら、今の仕事は遊びで給料をもらってるようなものだ。
カード破産した彼に貢いでるうちに、いつのまにか、自分も苦しくなっていた。
あげくのはてに、その彼はネココ名義で借金しまくって、姿を消した。
高校のときに家出したきり、親とは音信不通だ。誰かに甘えたくて、ダメな男にひっかかってしまった。
こいつはロクデナシだぞと、心の奥で警告する声が聞こえないわけではなかった。だが、その声に耳をふさぎ続けた。
そのメガネをかけると盲目になるというメガネで、男を見続けた。恋というメガネで。
そして、これが、ネココへの天罰らしい。
男の作った借金で、自分の身を痛めつけることになった。
顔のいい男は、もうコリゴリ。
今のこの仕事で借金はなくなったし、昔のことは忘れて、新しい自分に生まれ変わろう。
それにしても、おかしな仕事だ。
日給八万で働きませんかと手紙が来たときには、目を疑った。
住み込みとはいえ、家政婦の相場にしては、かなり高めな気がする。
最初は詐欺かと思ったが、支度金として百万、送られてきてからは、迷いなどなかった。
退職金に五百万くれるとまでいうのだ。まるで夢のような話だ。
だが来てみて、夢のような話が、なぜなのか、わかった。
いよいよゲームのゲストが来るというときになって、野溝秘書が犯罪の可能性を匂わせたのだ。
「ここで、これから起こることは、いっさい他言無用です。守秘義務が守れないときは、契約違反になります」
守秘義務なんて言われても、デレナやアリスは、はいはいと、うなずくだけだ。
でも、ネココは変に思った。
けっこう二時間サスペンスが好きなのだ。
それは刑事や弁護士が、仕事上で得た情報を、外部に、もらさない義務だったように思う。
一般人には通用しないんじゃないか。
だが、こっちは学のない高校中退だし、えらい人には、さからわないほうがいい。
(ま、あたしには関係ないし、借金なくなるなら、それでいいや)
ところがだ。
じっさいにゲストを見て、ネココは、さらにおどろいた。
あんがい、自分は彼らと無関係ではない。
ゲストのなかに、ネココの知ってる人物がいる。それも、複数。
柳田という男がそうだし(彼はミントの客だ)、湯水という丸ぽちゃいのも、そう。
あの客が来たあと、気丈なキャンディが泣いてたっけ。
それに、なんだかウソみたいだが、あの人、『あいつ』に似ている。
たまに、ふらりと店に来ては、毎回、違う女を指名する。
ネココも一度だけサービスしたことがある。
イヤな客だった。
なにしろサービスのあいだじゅう、サングラスとマスクをはずさない。
それだけでも怪しいのに、チップをはずむからと言って、男は赤いロープで、ネココをしばった。
さらには、赤インクで胸をぬらしたネココの裸の写真をとった。
「それ、どうするの?」
「おまえは、だまって買われてればいいんだよ」
ネココが文句を言うと、男は写真をとったケータイの画像を見せた。顔は半分、切れてるし、残りの半分も髪で隠れてる。
こいつ、なれてる。
男は去るとき、一万円札をつまんで、ネココの上に落としてきた。
赤インクが、じわじわ紙幣に、しみていく。なんだか、とても、きたならしく見えた。よごれた仕事でかせいだ、よごれた金。
言うに言われぬほど、ネココをみじめにさせた。
「気にすることないよ。いいカモじゃん」
先輩のキャンディはそう言っていた。
「どうせ、ふだんは女にバカにされてるんだよ。超ブサイクなんでしょ。あんなふうに顔、かくしてさ」
だが、ネココの印象は、ちょっと違っていた。
瞳の見えない真っ黒なサングラスに、鼻の上までの大きな立体型マスク。
それでも、横顔なんか鼻筋が通って、けっこうハンサムに思えた。
(まさかね。だからって、あんな超イケメンなわけないよ。まさか、あんな人がね……)
でも、気になる。声も似てる気がする……。
物思いにふけりながら、食堂の後片付けをしていた。
背後に視線を感じて、ネココはふりかえった。
階段の下に、ひそむようにして、赤毛のロッカーが立っている。
ネココと目があって、あわてて二階へ戻っていった。
怪しい……。
(あの人もメイク落としたら、わりとイケてるんじゃないかな? ここのゲストって、ほんと、レベルは高いよね)
だけど、顔のいい男には用心したほうがいい。
きっと性根は腐ってるんだから。
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