二章 殺人ゲーム 一幕 1—3


 命を装着し終わったところで、僕らは会場へ案内された。案内役は野溝さん一人。


 会場は外から見たときの、アリのお尻の部分のようだ。本館が頭。そのあいだを廊下がつないでいるから、あんな形になるのか。

 その廊下に、さしかかるころだ。

 とつぜん、僕らの前に、巨大な鉄の扉があらわれた。銀行の金庫みたいな、物々しく頑丈そうな扉だ。


「ここが本館と別館をつなぐ、ゆいいつの出入口です」


 ゆいいつ……なんか、ヤダな。


「本館側のこのドアは、わたくしと岸画伯、紗羅絵さんにしか解錠できません。みなさんはゲーム終了まで別館にいていただきます」


 つまり、ゲームが終わるまで、外に出られないってことか。


 野溝さんがドアよこの生体認証装置に手をあてると、金庫の扉みたいなのが、ゆっくり、こっちにひらいてくる。

 内部はSF映画の宇宙船のコックピットみたい。

 鹿鳴館とは、あいいれないなぁ。

 外から見たときは廊下みたいだったが、細長い一室と言ったほうがいい。

 正面に、本館側と同じ鉄の扉。

 壁の片面に大きな液晶画面がある。その下がキーボードやマウスなどの操作台になっている。

 かたわらのマイクは、ちょっと用途がわからない。


(あ、もしかして、そういうことか……)


 考えているところに、ゴーンと重い音がして、本館側の扉が自動で閉まった。


「あっ、閉じこめられた!」

 とびあがる僕を見て、ひそかに野溝さんが笑うのを見た。

 うっ……なんとなく、野溝さんに小動物のように思われてる気がする。


「ご安心ください。これから、みなさんの生体認証を登録します。そうすれば、別館側のドアは、どなたにでも解錠できるようになります。個室のカギも生体認証式です」


 野溝さんが操作台の赤いボタンを押すと、液晶モニタが明るくなった。

「これが起動スイッチです。操作方法は、市販のパソコンと同じです」

 モニタには、どこかの室内が映っている。ここと同じような操作台が手前にあった。


「あちらがわは、モニタールームです。スイッチを押すと、モニタールームと通信がつながります。マイクに向かって話しかけてください。通信だけなら、とくに他の操作は必要ありません」

 赤城さんがたずねる。

「もしかして、ここが、ジャッジルームですか?」

「そうです。今は無人ですが、ゲーム開始とともに、必ずモニタールームにスタッフがスタンバイする手はずになっています」


 あ、やっぱり。これがジャッジルームね。


「ちょっと、いいか?」

 いかめしい顔つきで、猛が言い放つ。


 なんだろな。兄ちゃん。怖い顔して。でも、カッコイイっ(ブラコン全開)。


「ずっと気になってたんだが、あんたたち、どうやってジャッジするんだ? 別館で起こったこと、ほんとかウソか、聞いただけじゃ、わからないだろ」


 ああ……! なるほどっ。

 さすが、兄ちゃん。


「別館にはいたるところ、監視カメラが取りつけてあります。その映像はモニタールームで観察できます」

「だよな。じゃないと、おれたちの行動を把握はあくできない」

「ゲームの性質上、これは、いたしかたないことです。納得できないかたは、ゲームを棄権きけんしてください。ただし、参加費はお渡しできません」


 ここまで来て、いまさらゲームやめて帰れは、ひどいんじゃないか。

 監視はイヤだが、まあ、ジャッジには必要だし……。


「みなさま、ご了承ですね?」

 誰も何も言わない。

 みんな、僕と同じ考えのようだ。

 そのあと、僕らは全員の生体認証を登録した。


「では、こちらが、みなさんの部屋割りです」


 A4サイズの見取り図がくばられた。

 別館は二階建て。

 一階に四部屋の個室と、ホール、食堂、大浴場、トレーニングルーム。

 二階は八部屋の個室と、オーディオルーム、サンルーム、書斎。


 部屋の割りあては、五十音順。

 部屋番号に名前が記されている。

 僕は川西さんの名前だから、一階の103号室だ。


「みなさんの食事のお世話などは、メイドがいたします。緊急時には、このジャッジルームの通信を使ってください」


 野溝さんは、ドア前に立つ湯水くんに話しかけた。

「湯水さん。あなたのよこに認証装置があります。ドアをあけてみてください」

 湯水くんが恐る恐るパネルに手をあてる。

 すると、別館側のドアが、重々しくひらいた。

「ジャッジルームのドアは、内部に人がいる状態では、内部からしか開けられません。つまり、どなたかが使用中には、外からはひらきません。その点はご留意くださいね」


 うん。まあ、じゃないと、告訴のジャマされるよね。


「では、みなさま。このドアをくぐった瞬間から、ゲーム開始です。みなさまのご健闘をお祈りしております」


 野溝さんに見送られて、僕らは一人、また一人と別館へ入っていく。

 館内は薄暗く感じられた。ジャッジルームが明るすぎたからだ。

 背後で、また重い音を残し、鉄の扉が閉ざされる。


 ようやく、目がなれた。

 どこか見おぼえのある景色のなかに、僕らはいた。

 いや、見おぼえも何も、本館のエントランスホールにそっくりじゃないか。内装も間取りも、まったく同じ。もっとも、本館のほうは、僕ら、ホールと食堂しか知らないが。


 見取り図によると、食堂をかこんで回廊になっている。

 ホールの大階段よこの廊下と食堂奥の出入口が、ぐるっとひとまわり、つながっているのだ。


 で、その廊下の二辺に、二部屋ずつの個室がある。

 反時計回りに、101から104。

 僕の103は、104とならんで、トレーニングルームの向かい。

 トレーニングルームのとなりが大浴場。

 その二つのあいだに、エレベーターがある。


 開始早々に命を奪いあう余力はないらしい。

 別館に入ると、みんな、そそくさと自分の部屋へ向かった。


「猛……」

「今夜はもう寝よう。明日また相談な」

「じゃあ、おやすみ」


 猛は五十音順では五人めだから、部屋は二階。201だ。階段をあがって、猛が行ってしまうと、すごく、さびしい。


(ダメだぞ。薫。僕だって二十歳すぎの大人だ。怖くない。怖くない。こんなのただのゲームだし)


 自分をはげまして、僕は階段よこの廊下を歩きだした。

 蘭さんがならんでくる。

「かわにし、ここのえだから、部屋はとなりですね」

「あ、そうだね」

 蘭さんは趣味が変だし、どことなくミステリアスだけど、やっぱり少しでも気心の知れた人と隣室なのは嬉しい。


「この造りだと、個室に窓はないんですね。ゆいいつの出入口は本人にしか開けられない生体認証。室内で殺人が起きたら、密室殺人ですよ」

「密室殺人! 超王道」

「やっぱり、あなたとは気があいそうだ。おやすみなさい。かーくん」


 蘭さんは部屋の前で別れるとき、さりげなく僕をニックネームで呼んだ。

 なんだろなぁ……なんか一瞬、心が、ほわっとしたよ。この人に特別あつかいされるのって、なんか嬉しい。


「う……うん。おやすみ」


 ぼうっとしたまま、僕は自分の103号室に入った。

 セキュリティは生体認証だけ。ドアチェーンはなし。

 壁の左右に、シングルベッドとクローゼット。

 ベッドのわきにナイトテーブルがあり、白い固定電話が置かれている。

 正面にはガラス戸があるから、浴室かなんかだ。


 しかし、蘭さんにニックネームで呼ばれた幸せ感は、部屋に入ったとたん、きれいさっぱり消しとんだ。しわひとつない清潔なベッドの上に置かれた物を見て。テレビでは、いやってほど見たことあるけど、現物は初めてだ。


 もしや、これが護身用の道具なのか?

 こんなもの、善良な市民に使わせようってのか?


 僕は凍りついたようになって、それを見つめた。ベッドの上のスタンガンを——

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