二章 殺人ゲーム 一幕 1—2


「猛。灰皿、探してきなよ!」

 猛は僕に叱られて、ニカッと笑った。

「悪い。悪い。じゃあ、おまえも、そろそろ入れよ? 風邪ひくぞ」

「僕、携帯灰皿、持ってますけど?」

 蘭さんの申し出を、猛は断った。

「いいんだ。どうせ、ついでだから」

 なんのついでかと思えば、念写だ。

 室内に入った猛は、カメラをかまえて、あちこちにレンズを向けだした。


「あんたのダチ、カメラマンかいな?」

 探偵です——と言うのは、はばかられる気がした。

「まあね。芸術的な変なのを、よく撮ってる……」

 変なのは、事実だ。ウソじゃない。


「ふうん。で、あんたは?」

「えっ?」

「えっ、やないやろ」

「ちゅ……中学校の先生」

 僕はあれこれ聞かれる前に、すかさず話を蘭さんに振った。

「蘭さんは?」

「えっ!」


 なんでだろう。

 僕と同じ反応をしたあと、蘭さんは、たっぷり十秒ほども微笑んでいた。

 ごめんなさい。あなたの大事なカナリア、食べたの、あたしよ——

 と、目で語りながら、満足げに尻尾をゆらす、ペルシャ猫みたいな笑みで。


「作家です」

「作家っていうと、小説の……? もしかして、ミステリー作家?」

「ええ、まあ」

「だからミステリーに詳しいんだね。僕も知ってる作家さんかなぁ?」

「いえ、知らないんじゃないかな……」


 なんか、歯切れ悪い。

 ミステリー作家なら、ミステリーファンの前で、自慢したくなるんじゃないのかな?


「ところで、三村さんは、女性の機嫌、とらなくていいんですか?」

 今度は蘭さんが話をそらした。

「おれ、ちやほやされとる女、好かんねん」

「でも、ゲームは参加するんでしょう?」

「だって、金は欲しいやろ」


 正直だなぁ。


「フィギュア、やめた言うたやろ。あれ、もともと、しとうてしとったん、ちゃうねんな。まあ、小手先の器用さ活かして稼いどったんや。

 おれかて、ほんまは、馬淵さんみたく、芸術にぶつかりたいけどな。けっこう、ええ金になるし、だんだん、食えりゃええか的になってきてな。自分のやりたいこと、わからんくなってしもて……。もう自分探しの旅にでも出よか思うとったところやねん」

「なるほど。自分探しのための資金稼ぎですか。おぼえておきますよ」


 おぼえておいて、何をしようというのか。


「なかに入りませんか? 寒くなってきた」

 気にはなったが、蘭さんがそう言ったので、僕はうなずいた。


 室内の明るいところに来ると、いきなり、三村くんが、蘭さんの肩に手をかけた。

 蘭さんの表情が、一瞬、すごく険しくなった。

 さっきは自分から、猛に手をかけたくせにィ……。


「なんですか?」

 あからさまに迷惑そうな蘭さんを物ともせず、ぶしつけに三村くんは蘭さんの顔をのぞきこむ。

「あんたは天然やな。これでも人間かっちゅうほど、整っとるけど」

「なんのことです?」

「あいつ、整形なんちゃうか? なんちゅうか、左右のバランス、おんなしやし。おれ、専門、造形やったさかい」


 三村くんの言う『あいつ』が誰なのか、聞くことはできなかった。僕らが食堂に入ったとき、野溝さんが、みんなを呼び集めたからだ。


「これより、会場の別館にご案内いたします。その前に、規定どおり、みなさんには、このチョーカーをつけていただきます。お好みの色をお選びください」


 うんざり。やっぱり、つけないとダメなのか。

 僕が躊躇ちゅうちょしてるうちに、チョーカーは、男がつけても、まだしも、みっともなくない色から奪いあうように取りあげられていく。


 青は三村くん。黒は馬淵さん。

 猛が褐色で、水色は座長。

 緑が赤城さん。

 ひとつだけ無色透明な僕的ラッキーカラーは、オタクにとられてしまった!

 アキトが黄緑。湯水くんが黄色。

「おれ、赤、もらい」

 赤毛のロッカーに赤いハートが、うばわれていく。


 残るはピンク、オレンジ、紫の厳しい三択だ。

 紫と言っても青っぽい色じゃなく、ド派手なワインレッド。

 僕がオレンジかワインレッドか迷っていると、さらっと蘭さんの白い手が紫をとった。

 この人、自分に似合うものを知ってるなあ。


 最後の二択のうち、オレンジを大塚くんが取っていこうとするので、僕は泣きついた。

「お願い。ピンクだけは、かんべんして」

「しょうがないなぁ。年長者を立ててあげますよ。貸しですからね」


 貸しでもなんでも、ありがたい。

 あんな可愛いベビーピンクなんか、つけられるもんか。


 僕はしかたなく、オレンジのチョーカーを手にとった。ハートの大きさは三センチ強。服の下にかくれる代物ではない。

 あきらめて、それを首につけた僕は周囲を見て笑った。


 ふっ。やはりか。

 まわりの男たちは、そうとう滑稽こっけいなことになっている。


 さまになってるのは、自前のアクセサリーにとけこんだロッカー淀川くん。

 たいていのものは着こなせる男前の猛。

 それに、言うまでもなく、蘭さんだ。

 えりをひらいて、ワインレッドのクリスタルをのぞかせてるところは、男の僕でも見とれてしまうくらい、クール。


(大塚くんのピンクも、なかなか。女の子みたい。ああ、ピンクでなくて、よかった)

 と、思ったのも、つかのま。

 大阪人の心ない一言で、僕は、ぎゃふんと打ちのめされた。

「なんやあ。この三人! 可愛すぎやろ。ペットみたいやで」


 がーん!


 三村くんの視線をたどれば、その三人に僕もふくまれてるのは、言わずと知れる。

 僕は心に大きなダメージをくらった。

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