七章 探偵の死 2

 2



 湯水くんが死んでたので、全員で室内をしらべた。


 ナイトテーブルの上に遺書があった。急いで書いたのか、すごく読みにくい、なぐり書きだ。


 内容は、これまでの殺人は、すべて自分がやった、というものだ。


 動機は学生時代のあこがれだった、更科優衣の復讐……。


 室内のようすを見て、みんなは首をかしげた。


「ええ? なんやいな。湯水やったんか? ほなら、速水は、なんやったんや」


 三村くんの問いかけに、珍しく、淀川くんが答える。


「東堂が前に言ってたろ。速水も、ほんとは殺されてたんだ」


「うーん、まあ、速水が、さっちん、ふったんやからな。自殺の一番の原因っちゃ、原因やな」


「アリスの制服、湯水くんなら、着れないことはないですね。似合うかどうかは、ともかく」


 そう言ったのは、赤城さん。


 猛は考え中のポーズをとる。


「たしかに、昨日の二つの殺人に関しては、湯水でも可能だ。


 あまり木登りが得意そうにも思えないが。まあ、可能性としては。


 だが、今朝の大塚の事件はムリだろ? カギの問題がある」


 そうなんだよね。そこは、どうやったんだろう?


 湯水くんができたのは、外から偽造の札を貼ることだけ……。


 すると、蘭さんが宣言する。


「湯水さんには共犯者がいたんですよ」


 猛が聞きかえす。


「共犯者?」


「ええ。共犯者」


 なんだろなあ。


 猛と蘭さん、妙に、にらみあってるけど。


「たしかに、湯水さんでは、あの木をのぼって、成人男子をつりあげるような力技は、ムリがある。


 そういうことが得意で、湯水さんを思いのままに、あやつることができるほど、信頼を得ることができる人物。


 しかも、密室のカギをカードキーを持たずに、あけることのできる人物。


 いますよね? 僕らのなかに、一人だけ、そういう人が」


 えっ? それって、ま……まさか?


 そのまさかだった。


「猛さん。あなたですよ」


 なに言ってるんだ。蘭さん。


 猛が、そんなことするわけないって。なんで、そんな単純なことが、わからないんだ。


「ちょ……ちょっと待ってよ。蘭さん。なんで、そうなるの?」


「決まってるじゃないですか。201のカギをあけられるのは、猛さんだけだ」


 猛はウンザリしたように、蘭さんを見る。


「蘭。冷静になってくれ。おれが柳田さんたちを殺して、なんになるっていうんだ?」


「柳田さんたちを殺したのは、湯水さんですよ。あなたは死体の処理を手伝った」


「じゃあ、大塚は?」


「ゲームに勝つためだ」と、蘭さんはムチャクチャを言う。


「あなたは自分がやったんじゃないように見せかけて、201に忍びこむ必要があった。僕との約束があるからね。


 それで、あの小細工を湯水さんにさせる段取りをした。


 201に侵入したはいいが、大海が目をさましてしまった。


 あなたの言うとおり、大海は凶器のナイフをかくし持ってたのかもね。


 殺人に使われたナイフを隠とくする……いかにも、大海のやりそうな趣味だ。


 暗がりで侵入してきたあなたを見た大海は、てっきり、殺人犯だと勘違いした。


 ナイフを持って、おそいかかり、二人は、もみあいになった。


 はずみで大海を殺してしまったあなたは、あわてて逃げだした。


 もちろん、湯水さんを殺したのは、口封じと、自分の罪をかぶせるためだ。


 違いますか? 猛さん」


「違う。落ちつけ。蘭。おれはーー」


 猛をさえぎって、蘭さんはスタンガンをとりだした。


 猛が、あとずさる。


 まわりのみんなも、いっせいに廊下へ退避した。


「蘭さん! 猛はそんなことしないよ!」


 僕は必死に訴えた。


 が、蘭さんは聞く耳持たない。


「かーくん。どいてろ。君は傷つけたくない」


 つきとばされて、僕は、よろめく。


 そのすきに、蘭さんは、猛に向かっていった。


 僕をまきぞえにしたくないとでも思ったのだろうか?


 猛は、くるりと背を向けて走りだす。階段の方向だ。廊下をまがって、姿を消す。


 蘭さんが追っていった。


「まーー待って……」


 僕も追おうとするんだが、両側から赤城さんと馬淵さんに、つかまれてしまった。


「危険だ。君まで危ないぞ」


「そうだ。あいつ、目つきが普通じゃなかった」


「はなしてください! 猛がーー」


 このとき、猛は逃走経路をあやまった。


 階段をおり、広いホールへ出れば、格闘技がきめやすい。


 猛なら、蘭さんの細腕くらい、かるく、ねじふせられる。


 なのに、そのまま、猛は直進して、201へ、かけこんだのだ。


 とりあえずカギのかかる部屋で、蘭さんが落ちつくのを待つつもりか?


(でも、カギは? 201のカードキーは、今、誰が持ってたっけ?)


 僕の脳裏に、さっと、あの場面が、よみがえる。


 ーー三村さん。201のカードキー、返してください。


 そうだ。カードキーは、まず僕が三村くんに渡し、それをさっき、蘭さんが取り戻した……。


 まるで、僕のその考えを読んだようにーー


 そのとき、201の前に立った蘭さんが、ポケットから、とりだした。


 そう。201のカードキーを。


「蘭さんーー!」


 廊下の端に立つ僕を、蘭さんは一瞬ふりかえる。


 にっと、美しいくちびるに、笑みがきざまれた。


 そして、カードキーでロックをはずし、201へーー


 僕は必死で、赤城さんと馬淵さんの手をふりほどいた。


 しかし、そのときにはもう、とっくに201のドアは閉まっていた。


「猛ーー猛ッ!」


 けんめいに呼びかけながら、僕はドアをたたく。


 なかから、悲鳴と怒鳴り声が聞こえる。


「やめろ、蘭! ほんとに違うんだ!」


「よくも、おれの大海をーー」


 うわあッと、ひときわ大きな叫び声がした。


「兄ちゃん? 兄ちゃんッ!」


 なかで何が起こってるんだろう?


 物音が、しなくなった……。


「猛? ねえ、どうしたんだよ。大丈夫なの? 返事してよ! 猛!」


 いったい、どれほどのあいだ、呼びかけていただろうか。


 とつぜん、カチリとロックの外れる音がした。


 ノブがまわり、ドアがひらく。


 目の前に、蘭さんが立っていた。


 白いナイトガウンが赤く染まっている。


 その手には、大海くんの命をうばった、あのナイフが、にぎられて……。


「ら……蘭さん。猛は?」


 蘭さんは答えず、ちらりと視線を背後に送る。


 そこに、猛が倒れていた。


 フトンの上に、仰向けになって、動かない。


 猛の体の下に、しみだしてる、あの赤い色は、まさか?


「ーー猛ッ!」


 かけよろうとする僕の鼻先で、ドアが閉まる。


 蘭さんが……いや、蘭が笑った。


「ごめんなさい。わざとじゃないんです。もみあってるうちに、うっかりね」


 ぽいっとナイフをゆかにすてる。


(こいつ……悪魔だ……)


 美しい人間の皮をかぶり、たまらなく魅力的に見える。

 けれど、それは獲物を地獄へ、ひきずりこむための擬態。


 アントリオンーー


 兄弟にふりかかる死の運命。

 それは、世にも麗しい青年の形をしていた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る