七章 探偵の死 1—3


 そうするうちに、湯水くんの部屋まで来てしまった。


「湯水さん。話があります。出てきてください」


 蘭さんがドアをたたいても、やっぱり湯水くんは出てこない。


 でも、蘭さんは、僕より観察眼がするどい。自分の足元を見て、しゃがみこむ。


「これ、カードキーですよね?」


 むっ。今まで気がつかなかったけど、たしかに!


 閉ざされたドアのすきまから、かどっこが、ちょっぴり、のぞいてる。


「針金みたいな細長いものがあれば、下のすきまから、とりだせそうですね」


 蘭さんの言葉を聞いて、後ろから来ていた猛が言った。


「かーくん。淀川と三村つれて、地下の物置まで探しに行ってこいよ」


 なんで僕が、とか思っちゃいけない。僕と猛の力関係は、子どものころから絶対だ。


「わかった」


 僕が三村くんと淀川くんをおともに歩きだそうとすると、蘭さんが呼びとめる。


「三村さん。201のカードキー持ったままですよね? 返してください」


 そういえば、そうだったか。

 さっき、僕が渡したんだ。三村くんが近くにいたから。

 三村くんは無造作にポケットから出して、蘭さんに渡す。


 そのあと、僕は三村くんたちと、地下物置へ行った。


 あちこち探しまわったあと、針金とか、定規とか、厚紙とか、役に立ちそうなものをいくつか見つけた。


「そういえば、今朝、僕らでドア封印したとき、半紙、残りギリギリだったよね。湯水くんが細工したんなら、ここから持ってきたってことか」


「エレベーター、夜中は止まるんやろ?」

「朝には動くでしょ。そのあとっとことだね」

「なんで、湯水がなあ」

「うーん……」


 なんか、実感わかないなあ。


 湯水くんは人を殺すような人じゃないと思うんだけど。


「これくらいしか、ないんとちゃうか? おまえのあんちゃん、待っとるやろし。帰ろか」

「そうだね」


 僕は思い出の赤チンをにらんで(目につくとこにあるんだよね)、物置を出た。


「あれ? 赤チン、なんで、ここに置いてあるんだろ? よく考えたら、変だよね。僕の血のりに使ったんなら、真夜中だから、エレベーターは止まってたはず。物置に使用済みがあるのは、おかしい」


「知らんのかいな。洗面台のカガミの後ろに、救急箱、置いてあんで。なかに赤チンも入っとった」


「ああ。救急箱はあったね。そうか。誰かが自分の部屋の使ったあと、ここのと、すりかえといたってことか」


 各部屋に赤チンがあったとは、盲点だった。

 大海くんのスマホ、警察が調べるんだろうな。あの恥ずかしい写真が、みんなに見られるのかと思うと、ゆううつ……。


 とにかく、戦利品をたずさえて、僕らは二階へ帰った。


「お待たせ。こんなものでいいかな?」


 僕らが帰ったとき、猛たちは、なにやら、四人で集まって小声で話していた。でも、僕らを見て、だまりこむ。


「なに、話してたの?」

「おまえら遅いって」

「ふうん」


 なんか変な感じがしたけど、まあいい。


 戦利品を使って、カードキーを引きだすことに成功したのは、五分後だ。


 返し縫いを二ミリ幅でできるという赤城さんが、小器用にやってくれた。


「207。湯水くんの部屋のですね」


 赤城さんから、カードキーを受けとって、蘭さんが言う。


 湯水くんのキーは本人が持っていた。ということは、これは、たまたま本人がドア近くに落としてしまったということか?


「ちょっと待てよ。蘭。おまえ、今、冷静じゃないから、おれが見るよ」


 猛が止めるのをふりきって、蘭さんはロックをはずす。


 そのまま、まっさきに室内へ入っていった。


「蘭さん。待ってよ。一人じゃダメだ」


 僕も、ついて入る。


 室内は明るかった。でも、湯水くんは、いない。


 蘭さんが、つぶやく。


「おかしいな。また、人が消えたのかな? 館内大捜索は、もうゴメンですけどね」


 たしかに。あれは、もうカンベンしてほしい。


「湯水さん。かくれてるなら出てきてください。あなたの口から弁明を聞きたい」


 蘭さんの呼びかけにも、応えはない。


 蘭さんは乱暴にフトンをめくったり、ベッドの下をのぞいて、家捜しを始める。


 蘭さんがクローゼットをあけたときだ。僕は思わず、さけんだ。


「蘭さん! これーー」


「ええ……」


 そこに、思いがけないものが入っていた。クシャクシャに丸められた、アリスの制服ーー


「なんで、これが、湯水くんの部屋に……」


「昨日のアリスは、湯水さんだったってことかな?」


 湯水くんの立場は、ますます危うくなっていく。


 これでは、もう、犯人は湯水くんだとしか考えられない。


 ところがだ。


「水音がしますね」


 そう言って、蘭さんは浴室へ向かっていく。


 小柄な湯水くん相手だからか、蘭さん、大胆不敵だ。いちおう、スタンガンはかまえているが。


 蘭さんが浴室のガラスドアをあけた。水音が、かすかに聞こえる。ぽたぽたと、しずくのたれる音。


 なんだか、いやな予感がする。

 この感じ、もう何度めだろうか。


 蘭さんと、浴室をのぞいてみた。

 ああ、やっぱり……。


 心のどこかで予期していたものを、僕は、そこに見る。


 湯水くんは死んでいた。

 浴槽に片手を沈めている。

 その水は、赤かった。

 かたわらに、カミソリが、ころがって……。

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