一章 怪しすぎる招待状 3—1
通されたのは広い食堂。
あの階段わきのガラスブロックの向こうがわだ。
映画に出てくる貴族の食堂そのもの。細長いテーブルが、まんなかに、でんとすえられている。きらびやかなシャンデリア。壁ぎわのマントルピース。その上部には、かなり大きな油絵がかけられている。
あの絵だ。
猛の念写に写っていた絵。画家の自画像のようだ。四十代くらいのころだろう。
暗い画面の右下に、小さな椅子に、うずくまるようにかけている。ぼんやりと明るい左上のほうを、画家は目だけで見あげていた。
その両眼が光を反射して、らんらんと輝く。
エモノが落ちてくるのを待ちかまえている、地獄の亡者のようだ。
ひとめ見ただけで、僕は寒気がした。
好みにかかわらず、天才の描いたスゴイ絵なんだということが、しろうとにもハッキリわかる。
その絵に射すくめられたように、しばらく動けなかった。
僕のとなりで、猛はポラロイドカメラをとりだした。猛がカメラをその絵に向けたときだ。
野溝さんが指示した。
「ネームプレートにしたがい、席におつきください」
テーブルにゲストの名前の入ったプレートが置かれていた。席次は五十音順だ。
つまり、川西さんに化けた僕の両どなりは、美少年と、とびっきりの美青年。
残念。彼ら、女の子ならよかったのに。
蘭さんのとなりが猛だ。
主人の席に椅子がないのが気になっていたが、現れた天生を見て納得した。
画家はあの肖像画から数十年を経て、いまや老境のただなかにあった。車椅子にすわり、点滴や酸素吸入用のマスクをつけた姿でやってきた。
画家が天才であるだけに、その姿は、ひとしおの感慨を僕にあたえた。
自分の絵のアドバイスをしてもらいたいと、川西さんは言っていた。だが、画家には、それだけの体力は残されていないように見えた。
岸天生の車椅子をおしてきたのは若い女だ。僕よりは少し上かな。
上品なワンピースを着こなし、ふだんならビックリするような美人。今日は蘭さんを見てしまったあとなので、インパクトが弱かったものの、大きな目が印象的で華やかだ。
(それにしても、蘭さんのほうが綺麗っていうのが……どんだけ美青年なんだ。ほんとは女の人なのかなぁ)
となりを見ると、化粧もしてない素顔で、ばっちり装った美女たちに、かるがる勝ってしまう蘭さんの横顔がある。
僕の視線に気づいて、にっこり微笑んだ。
恩人の孫に財産譲渡なんて、うさんくさいこの話。
蘭さんに恐れは感じられない。見ためにそぐわず、肝がすわってるのかも。
「みなさま、本日は遠路はるばるご足労いただき、ありがとうございました。こちらにおりますのが、岸天生でございます。わたしは孫の
一同に、どよめきが走る。孫娘。そんなものがいるのなら、財産の話はどうなるんだ、という言葉にならない声だ。
「お静かに願います。事情は今から、野溝秘書が説明いたします」
紗羅絵が注意するが、なかなか静まらない。
さっき、蘭さんが三十億なんて言ったから、みんな欲が出てきたのかも。
と、老画家がみずからの手で酸素マスクをはずした。テーブルの男たちを、一人ずつ、にらむようにながめまわす。
ギョッとして、みんな、だまりこんだ。
老画家は顔色も悪く、両手はふるえている。死にかけているのは一目瞭然だ。なのに、みんながたじろぐような異様な迫力があった。
「わしが岸天生だ。このなかの一人に、わしの全財産をくれてやる」
短い言葉だが、すごい気概が伝わった。
百歳で大往生した祖父を思いだして、僕はちょっぴり涙ぐんだ。
——猛、薫。人生は長さじゃない。いかに生きることに喜びを見いだすかだ。毎日を悔いなく生きろ。人生の最期に、おまえたちといられて、じいちゃんは幸せだった。
そう言い残して死んだ祖父。
妻子にみんな先立たれても、幸せだったと言った祖父。
目の前の天才画家は、祖父とは、だいぶ異なるパーソナリティのようだが、芯にある強いものは、なんだか似ているように思えた。
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