ハッピーエンド
ハッピーエンドが嫌いだ。特に、不幸な生い立ちの主人公が心やさしい人間にめぐり会ってめでたしめでたし――なんて。そういう、とってつけたようなハッピーエンドが大嫌いだ。
ねじれ、引き裂かれ、踏みつぶされてきた心が、そう簡単に幸せを受けとめられるものか。
「それなのに、きみはハッピーエンドばっかり書くんだね。なんで?」
そういい切れるほど読んでいないだろうに。まぁ、事実ではあるが。
「さぁな。楽だからじゃねぇの」
絵空事。綺麗事。ぬくもり。やさしさ。幸せ。団欒。縁のないこと。知らないこと。自分の外にあること。自分に関係ないこと。それを書くのは、とても楽だ。
今のところ、楽なものばかり求められている。それで仕事になっている。
もしも、自分の内側をえぐらなくてはいけないような、血を流さなくてはならないような――そんな話を書けといわれたら、あっさり筆を折るかもしれない。
「そうかな。きみのハッピーエンドにはちゃんと説得力があると思うけど」
「適当なこといってんじゃねえよ。もう帰れ。つーか、二度とくんな」
「ひどいなぁー」
くすくす笑い――笑おうとして、失敗した彼女の声が震えた。
「べつにひどくねーだろ。結婚そうそうほかの男の部屋に出入りしてたら浮気疑われんぞ」
「……そう、だね」
文字が敷きつめられているのを見ると目がまわる――というほど本が苦手なのに、おれが書いたものだけは読もうとした。読んで、目をまわして、それでも読んで、また目をまわす。それを横目に見て、鼻で笑いながら、いつしか彼女でも読めるような文章を書こうとしている自分に気がついて、驚いて、怖くなった。
怖くなって、バカバカしくなって、どうでもよくなって。そうこうしているうちに商業作家としてデビューしていた。
出会ったときから。高校時代からずっと。十年以上も。いつだって彼女はおれに手を差しのべていた。まぶしくて。あたたかくて。恐ろしくて。その手を払ったのはおれだ。
払って払って、叩き落として背を向けて。
おれでは、こいつを幸せにできない。
幸せが、わからない。
手をのばすことに疲れた彼女は今度結婚する。
やさしい彼女にふさわしい、やさしい男だという。
これ以上ないハッピーエンドだ。
まっとうなハッピーエンドだ。
だからもう、ここにはくるな。
ごめんね――なんて、謝るな。
おれは、おまえの人生には必要ない。
おれの人生にも、おまえは必要ない。
ちがうんだ。おれとおまえは。
住む世界も。生きてきた世界も。
なにもかもがちがうんだ。
おまえにはほら、帰る場所がある。
そこが、おまえの居場所だ。
おれはなにも変わらない。
きっとこれからも、バカみたいに書いていくのだろう。
おまえの大好きなハッピーエンドを。
おれの大嫌いなハッピーエンドを。
おれが幸せを描けるのは、物語のなかだけだ。
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