第90話 思わぬ展開
未来はだれにも決められない。それはいったい本当だろうか。少し小賢しいかもしれないが、一秒先の“未来”ならどうだろう。確定するのは造作もないことだ。このことも数学的に表せば?数式として体現させることができたなら?そしてその未来に向けて今、できることをし、軌道修正すれば、未来はその人が決めたことにはならないだろうか。
筋道を立てることは簡単だ。だが、人間の感情が入り混じってくると途端に筋道は消え失せ、残っているのは小さく細い先が真っ黒な枝道のみ。
俺は目の前の光景を見て枝道に入ったのを実感した。
再起部の恋愛相談がいつものようにされていた。相談を受けるのは俺ではなく、新山さん。そして孫壇者こそ、未来を変えた張本人。
「松平くん?そこに突っ立っているのは迷惑ですよ」
「……すまない。相談中だったか」
「いえいえ、お二人とも。そんな迷惑だなんて思ってないですから気にしないでください」
俺と新山さんが言い合っていると髪を手を差し出してくれたのは……水原結女だった。
小柄な体型で全体的にまだあどけなさが残っているように感じる。ただ、本人の奥底からあふれ出しているオーラは周りをふんわりと柔らかな優しいものにしてくれる。
ライトブルーのつややかな髪の毛は一つにくくられており、綺麗というよりかわいらしいが似合う感じだ。
これが“五本の指”の一人。俺が四人目に出合ったもうすぐ転校してしまう女の子。
「松平くんも聞きますか?何かの参考になるかもしれませんよ?」
「……何のことだよ」
「よかったら……聞いてもらえますか」
「……俺でよければ」
水原さんの話は恋愛相談ではなかった。むしろその逆、転校するので、言い寄ってくる男をどうにかしたいのだそうだ。とはいえ、この美貌の持ち主である。そこは避けて通れない道なのではないかと思うのだが、そこは一人の女子として嫌なのだそうだ。
新山さんも同調しているようでうんうんと頷いている。
なんだかんだ言って新山さんの相談は初めてなのでどうするのか楽しみなところだ。
「問題は特定ができないということですね」
「そう……なんです。行ってくれる人が日々、変わるので」
「……派閥の過激派か?」
しゅん、とうつむく水原さん。周りを癒してくれるオーラを持つ水原さんが悲しんでいると、こちらまで両親が痛くなってきてしまう。
「派閥の件に関しては報告待ちの状態です。今は別件として扱うことにしましょう」
「……今は、か」
「何もしないで転校するのはずるい……と思うんです」
俺達が小声で語り合っていると水原さんが声を上げた。
「どうしてそう思うのですか?転校するのはあなたのせいではないでしょう?」
「迷惑、をかけてしまいます」
「……迷惑?」
「はい。さっきの派閥のことを私のせいなんですよね。私が転校しなきゃ問題にはならなかったのに」
水原さんは自分を追い込んで追い込んで自分で首を絞めていた。そこまで責任を感じる必要性はないのだが、彼女の性格なのだろう。他人にやさしくするのは自分に厳しくなるのと同じようにして起こるものだ。
水原さんの今の状態は悪い方向へ向かっていた。
「転校してもしなくてもいずれは怒ることだったと思います。だからそんなに自分を責めることはありません」
救いの手を差し出した。その手は柔らかく、細いが、しっかりとして多少のことでは壊れることもない。
「ありがとうございます。でも……何かけじめをつけたいんです」
「……それが、今回の依頼」
立派なことだと称賛したい。俺には絶対にできないことだ。他人の行動の原因のひとかけらのみしかかかわっていないのにそれについてけじめをつける。
水原さんは俺達を見た。まっすぐに的確に、目を狙って。俺も新山さんも呼吸ができないほどに緊張していた。
眼が本気だと言っている。
表情が真剣だと言っている。
思考が、オーラが、全てが俺に訴えかけるように襲い掛かってくる。
かろうじて言葉が出たのは新山さんだった。
「けじめをつける……依頼を受諾します」
「この学校最後の私のお仕事ですからよろしくお願いします」
「お任せください」
新山さんは堂々と言い切った。
「……俺から一ついいですか?」
「なんでしょうか」
「……派閥について何か知っていることはありませんか」
「邪魔なグループだな、ぐらいしか。後は話した通りです」
有益な情報を入手とはいかなかったようだ。
水原さんはもう一度、よろしくお願いしますと頭を下げて帰っていった。そして新山さんはしかめっ面だ。
「……どうした?」
「別件だといったじゃないですか。そもそも今回は私が相談を受けていたのですから私のやり方でやります」
「……訊いておいて損はない。不要な人を疑わなくて済む」
「そんなに情報不足ですか?」
「……あぁ、かなり。特定ができないからな」
ちらっと新山さんを流し眼で見るとやれやれとため息を一つつかれてファイルをごそごそとあさり始めた。新山さんは最初、事務関係や読書をしていたのでファイルの置き場などは覚えているのだろうか、と思っていたが覚えてはいなかったらしい。
「ありました」
手に持っていたのはいつの日にか見たあのファイル。大原先生が学校の闇とまで言っていたあの全生徒の情報が載っているファイル。名を生徒報告書。
前回は神束だけのはずだったが、ご丁寧なことにしっかりファイリングされていた。その闇を使う気なのか新山さんはぺらぺらとめくり、何やら納得したようにうんうんと満足げにうなずいていた。
「……“生徒報告書”」
「見せたことはなかったはずですがよく知っていますね。これにはすべてのデータが記載されています」
「……何のために?」
かねてからの疑問だった。新山さんは俺が知らないことを何か知っているようだった。俺は生徒報告書から目をそらさずに訊いた。
「生徒全員を知るため、といっても納得はしてくれないのでしょうね。あなたは。安易に話せることでもないのです」
それはそうだろう。
学校の闇とまで言った先生ですら処分しようとはせずファイルに閉じて、大事にしまっているのだ。深いわけがあるのは明白だ。だが、それを話すかは別問題ということなのだろう。
「……そうか」
「どちらともが今回の一件、解決できたら……。その時だと判断して話すべきかもしれませんね」
「……なら話さないといけなくなるぞ」
「どうしてですか?」
「……こっちは会長ともう一人を駒にした。後はそれがあれば簡単に終わる」
「誰が渡すと言いましたか?これは見せただけです」
何が気に触れたのか、生徒報告書は戻されてしまった。
「……どういうことだ?」
「それはこちらのセリフです。会長を駒にした?!どんな手品をすればそんな結末が来るのです……。壮一先輩じゃあるまいし」
「……壮一先輩?あいつと何か関係があるのか?」
俺の記憶が正しければ、二人は親友同士だったはずだ。だがそこまでしか知りえない。実際に会ったことのある新山さんだからこそ何かわかることがあるのだろう。
「関係はあります。ただそこまでです」
新山さんは苦痛にゆがんだ表情をしていた。忘れてしまいたい過去を思い出したくないのに浮き上がってしまっているようなそんなどうにもならない痛み。俺はそんな無理をさせてまで聞きたいと思ったわけで会ないので、断りを入れておいた。
「……もうわかった。話すな」
だが、俺はこの時、再起部の過去と瑞山壮一の過去には深い関係があり、それは俺が思い描いていた黒よりも黒いことが予想できた。
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