第89話 協力者
コミュニケーション能力はこの世界で順応に生きる上で最も大切な力である。暴力や支配力では絶対にかなわない力がコミュ力にはある。しかし、コミュニケーション能力にそんな力があったとしても、俺自身にコミュ力がなければやってはいけない。
そんなコミュ力0の男が向かったのは剣道部。とある男子との接触を図るためだ。彼とはある女の子を通じて知り合ったのだが、こちらの事情により、ある意味で裏切り、ある意味では一番の場所を提供したのだった。
ある女の子、明李が言うには「剣道部にいます。居なければ帰ってますので諦めてください」だそうだ。
今回の依頼はとある男子、一輝の力が必要不可欠だと考えている俺は一世一代のなけなしの勇気でここに来ていた。
剣道場は柔道場と併用しており、柔剣道場とも呼ばれている。場所は体育館の下、卓球場の隣にある。運動部が使う道を通り、恐る恐る侵入していく。部活動中の時間なので、制服を着ている俺は完全に浮いてしまっているが、陽キャにどうこう言われようともどうでもいい、と割り切り今度は大げさに堂々と進んで行く。
「……頼もう」
一応、既存の知識から挨拶をする。とは言ってもほとんどが剣道や柔道に集中し、数人はこちらを見たが、すぐに何事もなかったかのように視線をそらされた。
ざっと流し見で一輝を探す。するとグッドタイミングだったのか“北山”と書かれて稽古をしている一輝を見つけた。機敏な動きで躱して竹刀を撃ち合い、すきをついて打ち込む。一輝の動きには迷いがなかった。
稽古が終わると俺の存在に気付いた一輝が近付いてきた。ただし、迎える表情としては一番不正解な嫌悪感を隠そうともしない表情だったが。
「何をしに来た?もう関わりは無くなったはずだと思ってたんだけど」
「……君の彼女が再起部に入部したのを知ってるか?」
「いや、初耳だ。わざわざそれを教えに……来たってわけではないだろう?」
一輝は俺が彼女を当てたことを思い出したのか、それとも単なるお人好しな訳がないと言いたいのか言い直した。
だが、一輝に話していないとは……。一体どういう意図があったのだろう。俺がその意図することを壊してしまったかもしれないと思ったが、こんな中途半端にする明李の責任であると正当化しておこう。
「……よかったな~。彼女ができて。念願だろ」
「おいっ!それ以上大きな声を出すな。周りに訊かれるだろ」
いつもより口調が荒い。竹刀や防具があるからと心に余裕があるのだろう。さらに揺さぶりをかけてみよう。会長の時は等価交換に持ち込んだが、交渉では普通、相手よりどれだけ楽に事を運べるかというのが俺の持論だ。不要なことはしたくない。一輝と協力関係をノーリスクで取り付けたい。
「……何か問題でもあるのか?」
「“五本の指”を知らないのか?明李はその一人なんだぞ」
「……知ってる。だからもう一度訊く。何か問題でもあるのか?」
「何言ってるんだ?用がないなら部活に戻るぞ」
「……助けようとは思わないのか」
「馬鹿言うなって。明李は俺より賢い。巻き込まれるわけが……」
「……そっちこそ何を言ってるんだ?明李は巻き込まれるんじゃなくて、巻き込まれに行くんだぞ?」
「大丈夫なのか?」
少し心配している声色で訊いてくる。
「……それは本人次第だな」
「そんなに危険な事……?もしかして派閥……?」
大事なワードだ。これで俺の目論見はほとんど成功した。後は必要最低限の情報のみを流して、拡大解釈をさせればいい。そうすれば自分が動かないと!と深層意識が働き、いい駒になる。今回は最大の敵となりえた会長も俺の駒だしな。
「……派閥について何を知ってる」
「五人のファンが勝手に作り上げた組織ってことぐらい」
上出来。情報の保有量も少ない。
「……その派閥で今、抗争が起ころうとしてる。それを未然に防ぐためには派閥のリーダーを解く手してきついのをかましてやるしかない。そして万が一のためとして五人の安全も確保しなければならない」
「それを君がやるのか」
「……あぁ、仕方がない」
「俺の時のような小さな恋愛相談をしてるのとはわけが違うんだぞ」
「……そうだな。規模で比較すれば天と地ほどの差があるだろう」
でも、どうしてだろう。俺はそのことに何も感じていなかった。恋愛相談をするのも、体育祭で明李と頭脳戦をするのもみんな感じたことは平等で全く同じだった。ただ、振られた仕事を自分がご数に解決できるかを考えて、行動する。手を打つ。
一輝が俺を見通すように眺めてくる。
「……どれも同じだ。何もすることは変わらない」
「そしてその話を俺にしてきたってことはそのほうが先手を打てるからか」
「……断ってくれてもいい。ただ、途中で抜けるのはやめてくれ」
一輝は納得顔で頷いた。頼られて喜んでいるのか……?俺としてはそこまでを求めてなどいないのだが。
「明李のため、手を貸そう」
手が差し伸べられた。俺はしっかりと握りしめた。ここで一輝のみが制約される形での協定が結ばれた。
俺は一言も嘘は言っていない。あえて公開する情報は抑えたものの、人間として恥ずかしくない交渉をした。俺の少ない情報から拡大解釈したのは一輝。明李のためにといったのも一輝本人だ。
「……話は変わるが、うまくいったようで何よりだ」
わざと主語を省いたが、一輝はさも当然とばかりに頷いた。その表情は自信満々で、具体的なことはわからないが、とりあえず一輝にとっていいことがあったのは伝わってくる。
「最後のアレはいったい何だったんだ?寄ってたかっていじめているみたいだったが」
「……あれは、演技だ。迫真だっただろ」
ガバガバ理論。
「リアルだったな。明李、泣きそうだったし」
……通じたし。しかも、泣きそうだったということを覚えているのならば演技じゃないことぐらいわかりそうなものだが。第三者があの最後の場面のみを見れば男子二人が可愛い女子一人をいじめているような構図だったのだろうな。今のところ実害はないため、眼をつけられてはいないということだろうがその時のみられていたら、俺は今ここで生活できてはいないだろうな。
「……幸せそうだな」
「当たり前。学校で噂される女の子と付き合えたからな」
今、俺は不思議と身構えてしまった。一輝の一言に自分を重ねてしまったのだろう。いや、そもそもどうして今頃になって“五本の指”などと呼ばれる内に入るようになっていたのか。
小学生、中学生とパッとしない、ハッキリ言ってしまえば地味っ子だったはずなのに。俺と性格転換したときだろうか。
「潤平?」
「……なんだ、どうした?」
「いや、さっきまで暗そうな顔をしていたから」
「……ありがとう。大丈夫だ」
美玖のことを考えるのはやめよう。俺は心にそう強く決心する。俺の心の名にkが、それでいいのか?と揺さぶりをかけてくるが振り切った。生徒会室で話した。それで十分だ。
「ならいいけど」
「……連絡とってるか?」
「明李と?それはまぁ……それなりには」
どうも煮え切らない返事をした一輝は難しそうな顔をしていた。彼女と連絡が恥ずかしいのか?新カップルは前途多難ですな。
「……ちゃんと取ってやれよ」
「いや、部活とかで最近忙しくて……。しかも実際に会うと問題もあるし、彼女が有名人は大変だぞ」
「……想像はできる」
ここで美玖は俺の彼女といっても信じてはくれないのだろう。莉櫻達のようにすればいいのでは?と思うのだが、そう簡単にはいかないということなのだろう。
「……部活を理由にするなら部活をやめろ」
「なんだ?嫉妬か?」
「……んなわけあるか」
派閥が今回の一件で解体になればもしかすると二人はすぐに距離を縮めていくのかもしれない。俺には全く関係のないことだがな。
最後に夢を見るのはだれかをこの時の俺は俺のさじ加減で決まることをまだわかっていなかった。
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